第四十一話 質問上手のミーアさま
「ということで、第一回の生徒会の会合を開きます。といっても、今日は顔見せ程度ですわね」
ミーアは、生徒会室に集まった面々を見回して微笑みを浮かべて……それから、机の上に並べられた煌びやかなお菓子に目を向けてから、輝くような笑みを浮かべた。
「まぁ、自己紹介が必要とも思いませんから、早速、ケーキの方を……」
「いえ、ミーア会長。こういうのは形も大切ですよ」
優しい微笑みを浮かべたラフィーナにズバッとツッコミを受けて、ミーアは言葉を呑み込む。
「そ、そうですわね。では、手短に自己紹介と意気込みを……」
そのようにして、会合は始まった。
ミーア、ラフィーナ、アベルにシオン。もはや顔なじみになったビッグネームの卒ない自己紹介の後、クロエとティオーナの、ちょっとおどおどした自己紹介が続く。
そうして、最後に立ち上がったのが、緊張でやや強張った顔をしたサフィアスだった。
「このようにして、名誉ある立場の末席に加わることができ光栄に思います。不肖の身なれど、ミーア姫殿下の信頼を裏切らぬよう精一杯務めさせていただく所存です」
誰よりもお堅い挨拶をした後、席に着くサフィアス。それを見たミーアはちょっぴり意外な感じがした。
――ふむ、案外まじめな挨拶でしたわね。まぁさすがに混沌の蛇の者であっても、いきなり宣戦布告をするような真似はしませんわね。
などと考えていたミーアだったが、そんなものは目の前の甘いケーキ群を前にしては、軽々と吹き飛んでしまう。
「では、硬い挨拶もここまでにして……、早速……」
「そうね。ではお茶とケーキを嗜みつつ……予算のお話をしましょうか」
「…………はぇ?」
「各クラブから今年の予算配分について意見が集まっているわ。それに目を通して、ある程度のことを決めてしまいましょう」
「え? あ、いえ、ラフィーナさま。その、そういうことはまた……」
「うふふ、数字の難しい話をする時にはやっぱり甘いものよね。さすがはミーアさんね」
にっこり笑みを浮かべるラフィーナ。
可愛らしく脇腹のところで拳を握り締めて、ぐっと気合を入れて、
「頑張って終わらせてしまいましょうね」
そんな風に言われてしまっては、もはやミーアはなにも言えない。
「そ、そうです、わね……。わたくしも、予算のことは、は、早く片付けた方がいいと思っておりましたわ。おほほ、が、頑張りましょう」
ミーアはしょんぼりしつつ、ため息を吐いた。
そうして、話し合いが始まった……のだが……。
ミーアはキョロキョロ、メンバーの顔をうかがい、空気を読みつつ……。
「あの、ラフィーナさま、ここなのですけど……」
わからないところの質問をしていく。
前の時間軸において、ルードヴィッヒと一緒に、帝国のあれやこれやを処理していたミーアは知っている。
この手の事柄は、わからないことをわからないままに話を進めると……後で、ものすごく怒られるということを。
……幾度もルードヴィッヒに怒られて涙目になったものである。
あまり初歩的なことを尋ねるのも問題ではあるが……、聞くべきところではきちんと聞いておかなければ、かえって相手の信用を損なってしまう。
そして、質問箇所の判断基準として、ミーアが参考にしたものこそ、他のメンバーの顔色である。
もっともシオンに関しては参考にならない。アベルも、ミーアの中では「できる男」認定されている。そこまで参考にはならない。クロエもなんだかんだで数字には強そうだ。参考にならない。
ミーアが特に参考にしたのは、ティオーナ、そしてサフィアスである。
彼らがわからなそうな顔をしている箇所であれば、恐らくそれなりに難しい話のはず。
すなわち、そこであれば聞くことができる!
ミーアは、わからないところを書き出しつつ、質問できそうなところは質問していく。
……そして、実のところミーアは質問するのが下手ではない。
これまた前の時間軸のことである。
幾度も、ルードヴィッヒに嫌味を言われたのだ。
「質問するのはいいです。ですが、考える前から、なんでもかんでも質問するのはやめてください」
「どこがわかっていないのかが、そもそもわかっていませんね。そのようなあいまいな質問ではなく、もっと具体的に」
幾度も…………悔し泣きさせられたのだ。
ふぐふぐ鼻を鳴らしながら、懸命に歯を食いしばって、涙を堪えた苦い記憶が甦る!
そうして、ルードヴィッヒの薫陶のよろしきを得たミーアは、すっかり質問上手になっていたのである。
そう、ミーアは自分が何がわかってないのか、わかる人に成長したのである!
ミーアにとって成長の大きな一歩だ!
そんなミーアを見たラフィーナは……、
――ミーアさん……、ティオーナさんとサフィアスさんを本気で鍛えるつもりなのね……。
心底から感心していた。
話の最中、ミーアはずっとメモを取り、二人のことを気にしていた。
そうして彼らが理解していないであろうところは、わかりやすい質問をすることで、その理解を助けている。
自身が話している内容を、ラフィーナは理解することができている。けれど、それを誰かにわかりやすく説明することは、結構難しい。
まして、適切な質問を出すことで、ラフィーナの口から説明を引き出し、わかっていない者たちに理解させるのは容易ではない。
――二人のプライドを守りつつ、しっかりと知識を教え込む……。さすがだわ。
ラフィーナの中でミーアの評価がバブリー気味に膨らんでいく。いつかはじけて大暴落しないか、とても心配だ。
さて、生徒会の顔合わせもひと段落して、しばらく経ったころ。
ちょうど引継ぎの関係で、アンヌとリンシャがいない日があったため、ミーアは改めてベルから未来の話を聞こうとした。
すると……、
「あっ、そうです。だったら『ミーア皇女伝』を読むのが、いいと思います」
「聞き覚えのある書物……ですわね」
確か、図書室で見た歴史書の一節に登場していた書物だった。
「……ミーア皇女伝」
「はい、エリス母さまが書いた、ミーアお祖母さまの記録です」
ベルによると、図書室で目をさました際、焚書にされないように本棚に隠したのだという。
「なるほど、本を隠すならば図書館の中、ということですのね……」
ベルの後について、ミーアは図書室を訪れた。
「こっちです。お姉さま」
ベルは、まっすぐに図書室の奥へ。やがて一つの本棚の前で立ち止まる。
そこは以前、ミーアが歴史書を見つけた本棚だった。
分厚い本を数冊取り出すと、その裏から一冊のぼろぼろの本が出てきた。
「これがそうです、ミーアお姉さま」
ベルが取り出した本……、擦り切れた表紙のタイトルは、確かに「ミーア皇女伝」とある。
その本を手に取った時……ミーアは、いやぁな予感がした。
本全体から、得体のしれない瘴気が漂いだしているような、そんな悪寒が背筋を走った。
いやだなぁ、読みたくないなぁ、と思いつつ、まさか読まずにいるわけにもいかない。
ミーアは思い切って、本を開いた!
悶絶した!!
「こっ、これは……」
そこに溢れるのは、自身を褒めたたえる美辞麗句の数々。読んでいるだけで、腕に鳥肌が立ってくる。
ページをめくるたびに、顔が熱くなって、体が自然とグニグニし始める。
……ちょっと怖い。
気持ちを落ち着けるために、はふぅっと大きく息を吐き、ミーアは、
「へ、へぇー、このミーアって人、すごいんですのね。なんだか、物語の登場人物みたいな人ですわ」
なんとか、それだけつぶやいた。
「あはは、ミーアお姉さま。さすがにそれはオーバーですよー。ちゃんと、現実にいるじゃないですか」
おかしそうに笑うベル。本に書かれた超人ミーアと現実のミーアとを同一視するベルに、ミーアは頬を引きつらせる。
――いったいぜんたい、なにがどうなればこんな人間が現実にいるって思えますのっ!?
ミーア皇女伝いわく、ミーア・ルーナ・ティアムーンなる人物は幼少の頃より、毎日、十冊以上の本を読み、その叡智は、百年、千年先を見通す。のだとか……。
厳しい帝国の財政を立て直し、清貧で、天馬さえも巧みに乗りこなし、空中を舞う(比喩でなく)ダンスをし、その美しさは月の女神のごとく……。
――って、これ、わたくしの容姿のこと以外、全部大嘘ですわ!
ミーアは呆れ返ってため息を吐いた。
………………まぁ、ツッコミはさておき。。
――というか、この海で溺れそうになった時に、人食い巨大魚が襲ってきて、その鼻先を殴って倒した、ってどういうことですのっ!?
そもそも、叡智とか関係なくなっている。腕力である。
まぁ、鼻先に感覚器が集まっているから、そこをぶん殴れば撃退できる、というのは、一応知識の一環なのかもしれないが……。
明らかにフィクション。盛りに盛ったエピソードだった。
なにしろミーア、そもそも泳げないのだから。
――ベルがわたくしのこと、こんな超人だと思っていたら、大問題ですわね……。
そう思いつつ、ミーアはその本を手に取った。
「とりあえず、こんな危険な本は回収する必要がありますわね……」
こんなもの、下手に誰かの目に触れたら大変だ。
――羞恥心、姫を殺すと申しますし……。
恥ずかしすぎて死ぬのは、さすがに嫌すぎるからと、ミーアは本を胸に抱えてそそくさと図書館を後にする。
途中、司書に止められたが、前に来た時に本を忘れていったと説明して乗り切った。
記録と照らし合わせても、タイトルが出てこなかったために信じてもらえたのだ。
タイトルを見られたミーアは、羞恥心で息が止まりそうになったが……。
「本当、自分の名前が付いた本とか、どうかと思いますわね……。今度会ったら、エリスに言っておきませんと……」
そんなことをつぶやきつつ、ミーアは自室へ帰ってきた。のだが……。
「あら?」
その扉の前に、一人の少女が立っていた。
「あ、ミーアさま、ごきげんよう」
ミーアに気づき、スカートの裾をちょこんと持ち上げる少女。
小麦色の健康的な肌、夜空を溶かし込んだような漆黒の髪は、ティアムーン帝国の南方にある国で暮らす民の証。
深みのある緑色の瞳と、可愛らしく笑みを浮かべるその顔に、ミーアは見おぼえがあった。
「まぁ、ラーニャさん。よくいらっしゃいましたわね」
ラーニャ・タフリーフ・ペルージャン。
ペルージャン農業国の第三王女に、ミーアは愛想のよい笑みを返した。
さて、すでにだいぶいい加減なことになってきてはいるが……、ミーアはセントノエルで生活するにあたり、二つのルールを定めていた。
一つは、自らのギロチンの運命につながるような人間には、極力近づかないこと。
もう一つは、ギロチンを回避するために、有益な人物たちとコネを築くこと……。
すでに一つ目は半ば瓦解しているが、二つ目の方はせっせと励んでいたりもするわけで……。
そして、目の前の人物、ラーニャは、ミーアのコネ作りにおいて数少ない成功例なのであった。
「とりあえず、部屋の中にお入りになって」