第三十八話 ミーア姫、できる女になる……
「うーん……むむむ……ぬぬぬ」
生徒会室にミーアのうめき声が響き渡っていた。
新生徒会長ミーアの最初の仕事は、生徒会の陣容を決めることだった。
基本的に行政能力が皆無なミーアにとって、しっかりと側近を固めることは極めて重要なことだった。
凡百の者であれば短絡的に、自分に都合の良いイエスマンを配するところだが……、その点、ミーアは一味違う。
そう、彼女は理解している。
「下手な人間を選んだら……わたくしの首が飛びますわ」
それも物理的に……である。
なにしろ、あのラフィーナから生徒会長の座を譲られてしまったのだ。
選挙で勝ったならばまだよかった。投票したやつが悪いと言うこともできるのだから。
けれどラフィーナは、ミーアを信用して会長の立場を譲ったのだ。
その信用を裏切ったりしたら、どんなことになるか……。
「ただでさえ、清めの泉でやらかしたのを許していただいているのですし……、もしここで、わたくしが変なことをしようものならば……、ひぃいっ!」
ミーアは、真っ赤に染まったラフィーナの瞳を思い出して、震え上がる。
正直なところ、なぜ、ラフィーナが会長の座を譲ってくれたのかはわからない……わからないが、ここで自分がさらにやらかすと、どういうことになるのかはわかる。よくわかる。ありありと、実感を伴って、そのヴィジョンを見ることだってできる!
「ら、ラフィーナさまの信用に全力でお応えしなければ……大変なことにっ!」
ゆえに、ミーアは選ばなければならないのだ。ルードヴィッヒ並みに頭の切れる生徒会役員たちを!
その者たちが上げてきた進言に、一言二言つけて許可を出してさえいれば、物事が回っていくことこそがミーアの理想。
そう、ミーアは周りにイエスマンを置きたいのではない。自らがイエスマンになりたいのだ!
「まずは、副会長はラフィーナさまにやっていただくとして……」
取り返しがつかない状況になって怒りを買うより、早い段階で指摘してもらうほうがまし。さらに失敗しても「ラフィーナさまの責任でもある!」と言える! なぁんて姑息な考えがあったりする。
「もう一人の副会長は……、シオンですわね」
同じ考えから、ミーアはシオンを巻き込む。
ティアムーンだけでなく、サンクランドまでしくじったとなれば誰も文句は言うまい。
「というか、あいつだけ楽をするとか、ありえませんわ!」
積極的に周囲を巻き込んでいくスタイルである。
さらに、
「会長補佐としてアベルには近くにいていただくとして……」
ちゃっかり、自分の欲望も反映させておく。肉食系乙女なミーアである。
「あとは、書記にティオーナさん……かしらね。うーん、選挙活動ではお世話になりましたし、クロエにも会計をやっていただくとして……」
この辺りは、選挙活動中のお礼という意味合いである。
「なんだか、これでは混沌の蛇と戦ういつものメンバーという感じですわね……ふむ」
っと、そこでミーアは思いつく。
「そうですわ……サフィアスさんにも、書記補佐として入っていただくのがよろしいですわね」
ミーアはにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「こいつが混沌の蛇の関係者だということは、はっきりしてますし……。だとすれば、下手に自由にさせておくより、生徒会の中に組み込んでしまって監視下に置いたほうが得策ですわ。周りを反混沌の蛇の者たちに囲まれていては、さぞや居心地が悪いことでしょうし……」
これは、よいことを思いついた、とミーアは鼻歌交じりに、朗らかに言った。
ちなみに、サフィアスが混沌の蛇の関係者だということは、別にはっきりとはしていないのだが……。
「たっぷりと、こき使ってやりますわ! 悪いことなど企めないぐらいに」
ミーアは上機嫌に言うのだった。
ミーアから副会長になってほしいという依頼を受けたラフィーナは二つ返事で了承した。
引継ぎの観点から見れば、それは妥当な人事だと思えた。
「それに、人心の安定を図ってかしら……?」
本来、ヴェールガ公爵家の人間が、生徒会長から外れただけでも大変なことなのだ。その上、生徒会にも入らなければ、さすがに影響が大きすぎるだろう。
ラフィーナの負担軽減という観点から見れば好ましいことではないが、それでも副会長であれば、生徒会長の時と比べると、はるかに気楽でいられた。
「ミーアさんのおかげで気持ちが楽になったのだから、このぐらいのお手伝いはなんともないのだけど……」
小さく首を傾げながら、ラフィーナはミーアの生徒会人事を頭の中で反芻する。
「思い切ったことをしたものね、ミーアさん」
基本的に、生徒会にはティアムーンやサンクランドの影響の薄い生徒を選ぶのが慣習だった。
けれど、ミーアの人選は、その慣習をあっさりと無視したものだった。
「シオン王子を選ぶとは思わなかったわ。それに、アベル王子も……」
後で聞いた話ではあるが、ミーアの選挙公約作りには二人の王子の協力があったのだという。
「選挙公約を手伝ってくれた二人に、そのまま生徒会の運営にも携わってもらう。とても自然な流れね……。そして、同じく選挙活動で貢献したティオーナさんとクロエさんを生徒会に入れる……。表向きは納得感がある人選……だけど」
ラフィーナは、スゥっと瞳を細める。
「これは……、ティアムーンとサンクランド、レムノ……そして、ヴェールガが手を結んで混沌の蛇と戦う、その表明のように見えるわね……」
混沌の蛇と戦う者たちを、セントノエル学園の生徒会に集めること。この学園生活を通じても歩調を合わせていく……。
ラフィーナは、そんなミーアの思惑を見て取っていた。
「それに、そう。あのサフィアス・エトワ・ブルームーンを生徒会に、ね……」
ラフィーナは瞑目して、先日のサフィアスの顔を思い浮かべる。
おどおど、びくびくと、実に頼りない、狡猾な小物といった印象だったが……。
「あまり好ましい人材とも思えないけど……。でも、こういう風に機会を与えられたら、必死で働かざるを得ない……。そういうことなのかしら……」
先日の失敗を咎めることなく、むしろ起用する。
その意気に感じて、サフィアスが奮起すれば儲けもの。
「ミーアさんの立場であれば、いずれにしても四大公爵家の誰かを入れないわけにはいかない。であれば、むしろ、彼が御しやすい……」
ちなみに、混沌の蛇が帝国四大公爵家のいずれかに接触していたという情報は、ラフィーナのもとにも届いているのだが……、さすがにサフィアスがそうだとは思っていないラフィーナである。
「あとはそうね……ティアムーン国内の貴族と、それ以外の生徒たちへのメッセージかしら……」
恐らく、ミーアは線引きしたのだ。
帝国貴族に対する優遇を、どの程度するのかということの。
えこひいきをまったくしないというのは、それはそれで怪しい。
ラフィーナのような立場の者ならばともかく、帝国皇女が生徒会長になりながら、自国の貴族を役員に起用しないというのは、いかにも不自然。
ティオーナは、選挙活動中からミーアを応援していた、ある種の子飼いの者と見なされるだろうから、それ以外に、誰かを起用する必要があった。
「四大公爵全員を入れても、本来はおかしくない。けれど、それでは周囲からの反感を買う。一人を起用するというのは、なるほど、絶妙ね……」
全方位に張り巡らされたミーアの配慮に、ラフィーナはただただため息を吐く。
「ミーアさんは、政治もできる方なのね……」
ラフィーナの中で、ミーアの評価が「できる女」に格上げされた。
……自身の評価が割と大変なことになっていることを、ミーアはまだ知らない。