第三十三話 ミーア姫、追いつめられる
「ミーア姫殿下に清き一票をお願いします!」
イメージカラーを定め、心機一転、ミーア派は動き出した。
ギロチンレッドを胸に抱き、各メンバーは声を張り上げて支持を訴える。
当のミーアも愛想よく、自らの選挙公約を訴えていった。
ラフィーナにできないことをしなければ、と考えた結果、アベルの発案で馬に乗りながら演説した時には、さすがにちょっぴり迷走してるんじゃないかしら? などと思ったものだが……。
ちなみにその演出は、騎馬民族出身の生徒達にはすこぶる人気で、予想外の効果があった。さすがはアベル! と感心しきりのミーアであった。
そんなこんなでジワジワとではあるが、ミーアの支持者は増え始めた。
けれど……それでもラフィーナにはまだまだ遠く、まったくもって届きそうになかった。
「クロエの情勢分析によると……、支持率は二割弱まできているようですけれど……」
そこで頭打ちだった。やはり、勝負にはならない。
選挙対策室にて、ミーアは、ふぅと疲れたため息を吐いた。
――かといって、引くわけにもいきませんし……。
昨夜もミーアはベルから話を聞いた。結果、わかったことは「なんかよくわかんないけど、ルードヴィッヒが確信に満ちた顔で、ミーアが生徒会長にならないと世界が滅ぶって言ってた!」ということのみ。
それのみなのである!
――これでは、対策の立てようがございませんわ……。
しかも、未だにベルもアンヌもティオーナもクロエも、ミーアの勝利を一切疑っていないのだ。
もしも、これで生徒会長になれなかったりしたら……、みんなのガッカリした顔を想像するだけで……。
――う、うう、お、お腹が痛いですわ……。
そんなミーアの前に、深刻そうな顔をしたアベルがやってきた。
「ミーア、少しいいだろうか?」
「あら、アベル、どうかしましたの?」
「すまない、ボクに気を使って選挙公約を作ったせいで、こんなことに……」
「へっ……?」
きょとんと首を傾げるミーアに、アベルは苦々しげに言った。
「君が発表した選挙公約は、ほとんどボクが原型を作ってきたものだった。この結果は、すべてボクに責任がある。君のことだ、もしかしたらボクが思いもよらないような政策を考えていて……、だけど、気を使って、ボクが持ってきたものを採用してくれたんじゃないのか?」
「まさかっ! そんなこと、ぜんぜんございませんわ!」
もっともである。
「アベルがいらっしゃらなければ、わたくし、選挙公約を完成させることだってできませんでしたわ!」
百二十パーセント真実である。
そんな混じりっ気のない純然たる真実の言葉を、肯定するものがいた。
「そうだな。あまり、自分を卑下するものじゃない。アベル王子」
部屋に入ってきたシオンは、彼にしては珍しく苦笑いを浮かべていた。
「だが……」
「ラフィーナさまの公約を見ただろう? 文句のつけようがない完璧な政策だった。仮に、あれを上回る出来のものを打ち出せたとしても、そこまでの差はつかないだろう。もともとのラフィーナさまとミーアとの差を逆転させることは無理だっただろう」
ラフィーナとミーアの差、いわゆる現職の強みというやつである。
今までの実績があるラフィーナは、堅実な選挙公約を打ち出せばよいのだ。逆に政治手腕が未知数、実績ゼロのミーアが勝利するためには、よほど画期的な、生徒たちの心をつかむような公約を打ち出す必要があったのだ。
「いずれにせよ、真っ当な公約では、ラフィーナさまを超えることはできなかったということだな」
「あら? 真っ当でないものというのがございますの?」
シオンの物言いに首を傾げるミーア。そんなミーアに、シオンは肩をすくめて、
「白々しいな、ミーア。君は気づいていたんだろう?」
「はて? なんのことかしら……」
「ベル嬢に聞いたよ。図書館で見た選挙公約は、君が書いたものらしいな」
「……はぇ?」
なんのことか、一瞬わからなかったが……。その脳裏に、自身の欲望に埋め尽くされた選挙公約がよぎる。
――べっ、ベルっ! わたくしを裏切りましたわね! せっかく、そのことはわたくしがお墓まで持って行こうと思ってましたのにっ!
ミーアは心の中で絶叫した。
別に口止めしていたわけでもないので、裏切ったわけではないのだが……。
「それは、どういう……?」
「あっ、ち、違いますのよ。あれは、その……」
困惑した様子のアベルに、ミーアは思わず言い訳しようとして……。
「あれは、試みとしては実に正しい考え方だったな」
シオンはあっさりと言った。
「…………はぇ?」
「わかっていたんだろう? 堅実に、あるいは公正に……そうした考え方ではラフィーナさまに太刀打ちできないと。だから、思考実験的に俗っぽい公約を考えてみた」
「なるほど。そういうことだったのか」
アベルは感心した様子で、ミーアの方を見た。
王子たち二人の、どこか尊敬するような視線を前に、ミーアは、
「ま、まぁ、そんな感じですわ……」
乗った! 乗らざるを得なかった。
ミーアは背中に冷たーい汗をかきつつも、むしろ「今ごろ気づきましたの?」という表情を作り出す。ミーアほどの者になれば、どのような状況でも憶することなくドヤ顔を作り出せるのだ。
「だからアベル王子、別に恥じる必要はないんだ。ミーアはラフィーナさまに勝つ方法を模索して、その上で、その道を放棄したんだ」
「どういうことだ? 勝ちの目があるのに、その道を放棄するとは……?」
「わからないか? その思考を突き詰めていくとどこに到達するのか……。ラフィーナさまと異なる方向に突き詰めた公約というのは、たとえば……そうだな。大貴族を優遇する公約とかだろう」
「は? いや、シオン王子、それはなにかの冗談なのかい?」
目をぱちくりと瞬かせるアベルに、シオンは首を振った。
「残念ながら、きわめてまっとうな戦略だ。ラフィーナさまは平民にも貴族にも等しく慈悲を与える。むしろ、貴族に対する評価の方が厳しいぐらいだ。そのことを快く思わない貴族は多いだろう」
「なるほど、ラフィーナさまと同じようなことをやっていては、ミーアに票を入れる意味がない。だから、もし仮に、ラフィーナさまが完璧かつ公正極まる選挙公約を打ち出してきた場合、手の出しようがないということか」
現在のセントノエル学園の状況、生徒会の動かせる予算と労力、それらの制約の中にあってできることというのは限られてくる。
たとえば、セントノエル学園の改善すべき問題が二十あるとする。生徒会で動かせる労力が十であるとする。その場合、その十の力をどのように割り振っていくのかのというバリエーションは、実はそう多くない。
学園の現状を正確に把握する目があり、生徒会の力を推し量る分析力があれば、自ずと違いを出せるポイントは、優先順位のつけ方に絞られる。
すなわち、なにを一番大切にして活動していくのかということだ。
ゆえに、ラフィーナが善に与する選挙公約を打ち出せば、ミーアは悪の選挙公約を、ラフィーナがすべての生徒に公正な選挙公約を打ち出せば、ミーアは一部の生徒が得をする不公正な選挙公約を打ち出すことでしか、違いが出せなくなってしまう。
制限がある以上、その収束点の形は大体決まってしまっていて、その最善のものをラフィーナに出されてしまっては、もはやミーアにはどうしようもない。
二人の会話を聞きながら、ミーアは頬を膨らませた。
――公約に使えそうなことをすべて一人でやってしまうなんて、ズルいですわ! ラフィーナさま。