第二十九話 正々堂々と……
「それで選挙に勝った暁には、わたくしめを生徒会役員に」
未だ得意げに自己アピールを続けるサフィアスに、ミーアは、ふふんと鼻を鳴らして言ってやった。
「……あなたの企みなど、お見通しですわ」
お前の秘密などすべて知っているぞ、と言わんばかりに、意味深にタメを作って言ってやったのだ!
その言葉に、きょとんと首を傾げるサフィアス。だったが、すぐに気を取り直したように、
「ふふ、姫殿下、警戒しすぎですよ。ラフィーナ・オルカ・ヴェールガは、それほどの人物ではありませんよ」
軽薄な笑みを浮かべて言った。
その言葉は、完全にミーアの予想と合致していた。
――ああ、やっぱり、そう誤魔化しますわよね。わたくしを上げて、ラフィーナさまを下げる。ラフィーナさまを恐れるに足らない人物ということにしておいて、敵対しても大したことないと主張する。だからこそ、わたくしとラフィーナさまの間を分断するような、そんな無意味な陰謀など立てるはずがない。誤解だと……そう言いたいのですわね?
頭の悪い王族であれば「聖女ラフィーナより、あなたさまの方が優れています!」などと言われれば、調子に乗ってしまうところだが……。
――あいにくとわたくしは、そこまでバカではございませんわ!
ミーアは相手の策謀を読み切った満足感に浸りながら、渾身のドヤ顔で告げる。
「サフィアス殿。あなたの狡猾な企みに乗ることはできませんわね」
ミーアは偉そうに胸を張ってサフィアスを睨む。
――わたくしとラフィーナさまを敵対させようなどという狡猾な企み、断じて乗ってなるものですかっ!
「こっ、後悔しても知りませんよ? この俺の策に乗らなかったこと!」
悔しげに言って、部屋を出ていくサフィアス。
その背中をスッキリした顔で見送ったミーアであったが、しばらくした後、はたと気づく。
――しかし、裏工作はまずいですけど、四大公爵家の者たちには、票の取りまとめはお願いしなければならないんでしたわ……。とりあえず、明日にでもフォローに行かなければならないかしら……。
そんなことを思っていたミーアであったが……。事態は、そんなミーアの思惑を置き去りに、転がり始めていた。
「くそっ、せっかく俺が勝たせてやるって言ってんのに。小心者のアホ姫が……」
怒り冷めやらぬ様子で、サフィアスは廊下の壁を蹴り……上げようとしてやめた。足が痛そうだし……。
『あなたの企みなど、すべてお見通しですわ』
先ほどのミーアの言葉が頭に響く。
「この俺の完璧な企みが、ラフィーナさまにバレているだと? 警戒のし過ぎもいいところじゃないか。あの臆病者め……。しかも、狡猾な企みだと? 結構なことじゃないか。相手に勝つのに必要な策を講じるまでのこと。そこに善悪などないではないか」
うじうじと文句を言いつつ、その場を去るサフィアス。が、しばらく歩いたところで、
「あの、サフィアスさま」
呼び止められる。反射的に振り向いた彼は、その視線の先に、一人の少女の姿を認めた。
「うん? ああ……、貧乏田舎貴族の娘か。許しもなくこの俺に話しかけるなんて、ミーア姫殿下の寵愛を受けて調子に乗ったかな?」
ティオーナ・ルドルフォン。ルドルフォン辺土伯令嬢。
中央貴族の頂点に立つ、ブルームーン家の長男たる自分に話しかけてきた田舎貴族の令嬢に、サフィアスは苛立ちをぶつけるように鋭い視線を叩きつける。
ティオーナは一瞬怯んだように一歩下がりかけるが……。ギュッと拳を握りしめ、その場に踏みとどまる。
それから上目遣いに、キッとサフィアスを睨みつけ、
「ミーア姫殿下の邪魔をしないでください」
震える声で言った。
「姫殿下は……、あなたたちとは違います。卑怯なことは、お嫌いなはずです」
一瞬、きょとんとしたサフィアスだったが、年下の、しかも身分の低い小娘に批判されたとわかって、苦笑を浮かべた。
「なぁんだ、盗み聞きしてたのか。さすがは卑賤の家の出だ」
「はい。私は田舎者の辺土伯の娘です。でもミーア姫殿下は、身分の違いにとらわれない方ですから」
その返事を聞き、サフィアスの頬がひくっとひきつる。
「貧乏貴族の娘が、言うじゃないか。生意気にも。これは少しばかりお仕置きが必要かな……」
脅しつけるように一歩ティオーナに歩み寄ろうとするサフィアス。けれど、その足が唐突に止まる。
「そこまでにしていただこうか」
いつの間にやってきたのか、ティオーナの後ろにアベルが立っていた。
「あまり淑女を脅すようなことはしないほうがよろしいと思うが……」
「アベル・レムノか。二級国の第二王子風情が、帝国四大貴族のこの俺に、逆らう?」
見下すような態度のまま、サフィアスはジロリとアベルを睨み付けた。
「まぁ、外交的にはまずいだろうけどね。なにしろ、帝国とレムノ王国とでは国力が違うから……」
対するアベルは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「ただ、ここで黙って見ていると、君たちのところの姫殿下に怒られてしまいそうなのでね。ボクの目の前でレディーへの狼藉は控えてもらえるかな?」
帝国の権威を持って脅しても一歩も引かないどころか、静かな笑みの中に、敵意を向けてくるアベル。
それを見たサフィアスは……若干ビビった。
サフィアス・エトワ・ブルームーン。
ミーアとも血縁関係にある彼には、ミーアと同じ美徳があった。
彼は……痛いのが嫌いなのだ。
いや、より正確に言うならば彼は、血を見るのが嫌いだ。
嫌いというか、見ると卒倒する。
転んで擦りむいたレベルで、気持ちが悪くなる自信がある。
そんな彼だから、召使を折檻するにしてもせいぜいが平手で打つぐらい。それだって、自分の手が痛くなるから、滅多にやらない。部下に任せればいいと思うかもしれないが、力加減を誤って流血沙汰になって、自分が気絶することになりそうだし。
そんなわけだから、彼は暴力が、とてもとても苦手な少年なのだ。
ゆえに、剣術大会も当然出場を見合わせているし、鍛練など積んだこともない。権力を抜きにして、単純な剣の腕でいえばティオーナにも劣るほどなのだ。
しかも、アベルは、ティアムーンには劣るとはいえ一応は他国の王族で、皇女ミーアのお気に入りだ。ちょっとした口喧嘩程度ならばともかく、大事になれば自分の方が立場は不利……。
素早く、脳内で計算を組み立てたサフィアスは、
「ふ、ふん。いい気になるなよ? 我がブルームーン家に与する帝国貴族は多いんだぞ? 他の四大公爵家にも声をかけておくぞ。協力を得られるなんて、思わないことだな!」
「そんなもの……なくても、ミーア姫殿下なら大丈夫です。正々堂々、ラフィーナさまを破って見せますから!」
ティオーナは、堂々と胸を張り、サフィアスに言う。
「姫殿下なら、絶対に大丈夫ですから」
そんな一連のやり取りをミーアが聞いたのは、翌日のことだった。
帝国票を取りまとめてもらえるよう、フォローを入れようと思っていたミーアだったのに……。
――ぐ、ぐぬぬ、わ、わたくしに一体なんの恨みがございますのっ!? やっぱり、こいつ天敵ですわっ!
などと思ったものの……。一緒にアベル王子もついていて、しかも、彼もティオーナの味方をしたとあっては、もう、なにも言えない。
「う、うう、それは、ご苦労でしたわね、ティオーナさん。わ、わたくしが、言いたかったことを、代わりに言ってくださったんですのね」
「お褒めにあずかり、光栄です」
――褒めてませんわ! ぜんっぜん褒めてませんわっ!
かくてミーアは、帝国貴族票という確実な票を失うことになったのであるが……。
このティオーナの勇気が、最終的にどのような結末を連れてくるのか、ミーアはまだ知らない。