第二十五話 ミーア姫、未来の自分にイチャモンをつける!
開会ミサの翌日の放課後、ミーアは悲壮な覚悟のこもった顔で図書室にやってきた。
「裏工作をするにしても、しっかりと体裁を整えないとラフィーナさまに見限られてしまいますわ!」
ミーアは自身の考えの甘さを痛感していた。
裏工作はもちろんするし、しなきゃ勝てないだろうとは思っているが、それだけではミーアがズルをしたことが一目瞭然である。
ズルいことなんか全然しなくても勝てるという、少なくともラフィーナを納得させられるような、そんな状況を作り出す必要が出てきてしまったのだ。
――でもラフィーナさまを納得させる……って、難しすぎますわ……。
早くも憂鬱になりかけているミーアである。
ちなみに、ミーアの周りには現在一人の生徒もいなかった。
ミーア派の面々には、これからどのような選挙戦を展開するのかを考えてもらっている。いわゆる実務的なことだが、とても重要なことだ。
選挙というのは帝国にはないから、ミーアはよく知らなかったけれど、クロエによると、選挙を行っている国では様々な候補者アピールが行われているらしい。
自らの肖像画を配って名前を売ったり、吟遊詩人を雇って自らの功績を人々の間に広めたりと、やり方は様々だ。
肖像画はさすがに間に合わないにしても、羊皮紙に名前を書いて校内に張り出すぐらいのことはやってもよいかもしれない。
クロエにも陣営に入ってもらい、いろいろなアイデアを提案してもらって、現在、企画会議の真っ最中なのだ。
――クロエだけだと少しだけ心配ですけれど、ティオーナさんがいるから大丈夫かしら……。
クロエだけでは、他の貴族の子女を抑えられないだろうが、ティオーナも一緒にいる。
教室でのあの出来事、緊迫した空気の中で一番に支持を表明したティオーナは、ミーア派の面々から一目置かれる存在になっていた。
能力的な面はさておくとして、少なくともラフィーナに怒られるような汚い真似はしないはずだ、と、ミーアも一定の信頼を寄せている。
それに、みなが声を上げない時に勇気を奮って自身を支持してくれた以上、無下に扱うわけにもいかない。ということで、一応のまとめ役はティオーナに任せてあるのだ。
「クロエとも仲が良いみたいですし、上手く動いてくれればいいのですけれど……。やることが多すぎて目が回りそうですわ」
小さくため息を吐いてから、ミーアは頬杖をついた。
「ともかく、選挙公約ですわ。わたくしが生徒会長になったら、どんなことをするのか……、きちんと伝えていかなければいけないようですし……」
クロエのアドバイスを頭の中で反芻しつつ、ミーアは、自分が生徒会長になってやりたいことを植物紙に書きだしていった。
①食堂のおやつを増やす。
②紅茶に入れるジャムの充実。
③冬のキノコ鍋(ミーアお手製の)パーティー。
④入浴施設の拡張(蒸し風呂など興味あり)
……などなど、書き出されたのは純度の高いミーアの欲望だった。
……紙の無駄遣いだった。
「ミーアお姉さま」
さらさらと自らの選挙公約候補を書き連ねている時、不意に後ろから声がかけられた。
「ん? あらベル、それにアンヌ! 来てくれましたのね」
図書室にやってきた援軍二人を見て、ミーアは輝くような笑みを浮かべた。
ベルはともかく、自らの腹心アンヌには期待するところ大である。
「こちらにいらっしゃるとお聞きして、駆け付けました。私も何かお手伝いいたします」
「助かりますわ、アンヌ。ぜひ知恵を貸してもらいたいですわ」
そうして、ミーアは早速、書き上げた紙を二人に見せた。
「これは……?」
「わたくしが生徒会長になったら、やりたいことですわ」
堂々と胸を張るミーア。
「ミーアお姉さま…………これ」
ベルは紙をじっくり見つめ……、それからミーアの顔を見て、
「とってもステキです!」
目をキラキラさせた。
「さすがはミーアお姉さまです! このクリームのパイ包みとか、とても素晴らしいと思います! 甘いものを増やすの、ボク、大賛成です!」
大絶賛である! 食堂の追加メニュー候補を見てじゅるり、とよだれをぬぐったりしている。さすがはミーアご自慢の孫娘である!
「そうですね。枠にはめずに自由にアイデアを出していくことが大切だと、エリスもよく言ってました」
アンヌもさすがはミーアさま、と感心の表情を見せる。
二人の反応を受けてミーアも気をよくしてしまう。
「ふむ! 乗ってきましたわ! それじゃあ、枠にとらわれずにドンドン書き出していきますわよ!」
そうしてミーアが、破滅の崖っぷちへと向かい、ズンズン歩き出そうとしたところで……。
「やぁ、ミーア。精が出るね」
図書室に、新たなる人物が現れた。
「まぁ! アベル! もしかして、手伝いに来てくださいましたの?」
「ああ、君が図書室でいろいろ考え事をしてると聞いてね。もしかすると役に立つんじゃないかと思って、いろいろ調べてきたんだ。ラフィーナさまが会長になって以来、どんなことをしてきたのか、とか」
そう言ってから、アベルはしかつめらしい顔をして言った。
「レムノ王国に伝わる古い格言があってね。いわく、戦に勝利するには敵を知らなければならないってね」
「なるほど、確かにそうですわね。ラフィーナさまがどのような選挙公約を打ち出すのか、予想しておくことは意味がありますわね」
それからミーアはニコニコとアベルに微笑みかける。
「さすがはアベルですわ。頼りになりますわ」
実際のところミーアとしては、こうして自分に味方するために来てくれただけで、とっても嬉しくなってしまったわけだが……。
そんなミーアを見て、アベルは照れ臭そうに目を逸らした。それから、ふと不思議そうに首を傾げる。
「おや、君は……」
その視線の先にいたのは、目をまん丸くしてアベルを見つめるベルの姿だった。
「君が噂の……ミーアの縁戚にあたるお嬢さんかな?」
「はい、よろしくお願いします。アベルおじ……王子。ミーアベルといいます。ベルって呼んでください」
「ああ、こちらこそよろしく頼む、ベル。アベル・レムノ。レムノ王国の王子だ」
アベルは優しい笑みを浮かべてベルの方を見て、それから、くすくすと小さく笑った。
「あら? どうかいたしましたの?」
「いや、よく考えるとミーアベルってミーアの名前とボクの名前を合わせたものみたいだなって、思ってね」
そう言われて、ミーアも気づく。
ミーアベル=ミーア+アベル。
なるほど、確かにベルの名前は、そのように考えることもできて……。
「まぁ、アベルったら。いやですわ、おほほ」
ミーアは、ちょっぴり頬を赤らめて笑った。
――まったく、いくらわたくしたちのことが大好きだからって単純すぎますわ。こんな名前の付け方するなんて……我が子ながら、ベルの親はなにをしてますの? 子どもの名前はもっとまじめに……。
「はい、お祖母さまにつけていただいた、大切な名前です」
――なっ、なっ、なっ、なんてことしてますのっ! 未来のわたくしぃっ!
ミーアは、内心で悲鳴を上げた。




