第二十三話 ミーア姫、宣誓する
生徒会選挙は全日程二十日間で行われる一大行事だ。
いつもであれば立候補者はラフィーナしかいないため、その日程は五日ほどに短縮されるのが常となっているが、今回はミーアという無謀なる挑戦者がいるため、通常の手順を踏んで進められることになった。
その開幕を飾るのが、大聖堂で行われる開会宣言ミサだった。
いわゆる立候補者の紹介である。
学園の大聖堂に全校生徒を集めて行われる一大式典はきわめて厳格で、格調高く、それ以上に立候補者が大変目立つものだった。
なにしろ、この日は服装自体が違う。
生徒会選挙という神聖なものを執り行うために、候補者は聖衣と呼ばれる清らかな服を着る必要があるのだ。
まず頭には純白の生地で作った薄いベールを被る。髪にはアクセサリーはもちろん、簡単な髪留めもつけてはならない。
次に服。こちらも真っ白な生地で作られた上下一体の服を着ることになっている。腰には同じく白いベルトを巻き、唯一、その表面に刺繍されたイルカの模様が飾りらしい飾りだった。
着飾ることを一切許されず、地味な服装で、しかも座る位置は司式をする司祭の真ん前。全校生徒と向かい合う格好だ。
皇女として生を受け、多くの者の視線を受けるのに慣れているミーアであっても、あるいは、自らの美貌に自信(……やや過剰な)を持つミーアであっても、これはなかなかのプレッシャーである。
しかし、それ以上にプレッシャーなのは、ミーアの隣にいるもう一人の候補者、というか大本命の候補者の存在だった。
「なんだか、久しぶりね、ミーアさん」
ラフィーナがやわらかな笑みを浮かべて座っていた。
「そ、そうでしたかしら? お、おほほ、すっかりご無沙汰してしまいまして……」
ラフィーナの視線を受けて、ミーアはぎこちない笑みを浮かべた。
あの日、ベルのことをお願いに行って以来、ラフィーナとは顔を合わせていなかった。
気まずい……というのはもちろんあったけど、それ以上に怖いし。
呼び出されれば仕方ないと思っていたし、無視するつもりもなかったのだが、そうでないならば、できるだけ会わずに済ませたいというのが本音だった。
けれど、この日ばかりは、ミーアとしても避けようがない。
これから一時間近くラフィーナと隣り合って座っていなければならないと思うと、ミーアの背筋には冷たぁい汗がびっしりと浮かび上がるのだ。
「残念ね、ミーアさん。あなたには、私の下で生徒会の仕事をしてもらいたいと思っていたのよ。次の生徒会長はあなたにしてもらいたくって。そのために、いろいろ生徒会のことを学んでほしかったんだけど……」
「ラフィーナさま……」
少しだけ悲しげにうつむくラフィーナに、ミーアはなんだか申し訳ない気持ちになってしまうが……。次の瞬間、ラフィーナは笑みを浮かべた。
「でもね、楽しみでもあるのよ。だって、私の下で生徒会には入りたくないということは、ミーアさんにもやりたいことがあるということだものね」
「……へ?」
「私が考えるのより良い生徒会を運営できるというのなら、それは大歓迎よ。みなさんのためになることだし。そうなのよね? ミーアさん」
ミーアは、そこで気づいた。
笑みを浮かべるラフィーナの、その瞳は……まったく笑っていないということにっ!
――ひっ、ひぃいいいっ! ら、ラフィーナさま、めちゃくちゃ怒ってますわ……!
ミーアは心の底から震え上がるのだった。
「ミーアさんがどんな選挙公約を出すのか、とっても楽しみよ」
ラフィーナの言葉を聞いて、すぅっと血の気が引くミーアだった。
やがて式が始まった。
神聖典が読み上げられ、聖堂のロウソクに火が灯される。それから起立して聖歌をみなで歌い、祈りの文章が読み上げられ……。
それをすべて、全校生徒の視線を受けてやらなければならないわけで。
――これ……、ラフィーナさまの隣に座ってなくっても結構しんどいですわ……。
なにしろ今のミーアは、ラフィーナに対して勝ち目のない喧嘩を吹っかけている身の程知らず……、恥ずかしくてイタいヤツと思われている可能性が大変に高い。
そう考えるとなんだか居たたまれない気分になってしまって……。
――ああ、なんだか、みなさんわたくしの方を見てる気がしますわ。きっと腹の中では身の程知らずってあざ笑ってますのね……。うう、ひどい辱めですわ。
実際のところ、身の程知らずと思っている者はもちろんいたのだが、同時にミーアの格好に見とれている者というのも少なからずいたのだ。
全身白の衣装は見方によっては花嫁衣裳のようでもある。年頃の女子の着る花嫁衣装というのは、それだけで神秘的かつ美しい、なんとも言えない魅力を放つものなのだ。
しかも、夏休み以降、馬シャン効果で健康的な輝きを放つ髪と、アンヌの手入れによって保たれている肌艶、それが薄いベールによってぼんやりと見えることによって、人々の想像力を掻き立てる効果を発揮していた。
人間の妄想力は偉大なのだ。
ちなみに純粋な美しさでいえばラフィーナの方がまったく上である。勝負にもならない。
けれど、式典などで聖衣を着る機会の多いラフィーナとは違い、ミーアはほぼ初お披露目の服装である。いわゆるレア度がまったく違うのだ! SSRなのだ!
自然、生徒たちの目は見慣れない方、ベールによってうっすら隠された美少女風のミーアの方に集まっていった。
やがて……、式典はいよいよ佳境に入り、候補者の宣誓の時になる。
「それでは、立候補者は双方、神の前に誓いを立ててください」
凛とした声を上げ、さながら歌うようにラフィーナの宣誓がなされる。
それに続いて、ミーアが席を立ち、顔を上げる。
自分に集まる視線、視線、視線。
それを見て、一瞬、頭がクラっとする。
気分を落ち着けるため、大きく息を吸って、吐いてから、ミーアは声を上げた。
「わたくし、ミーア・ルーナ・ティアムーンは、セントノエル学園生徒会長に立候補いたします。そして、正々堂々とこの選挙を戦いにゅく……」
……噛んだ。
「……こっ、ことを誓います。うう……」
なんとか最後まで続ける。
ちなみに、中央正教会の神さまは寛容なので、宣言の途中で噛んだり止まったりしてもお咎めはない。
ないが……、大勢の前で噛んで胸を張れるほどの胆力も、ミーアにはない。
――うう、もう、帰りたい。帝都のお部屋でゆっくり寝て過ごしたいですわ。
すっかり涙目なミーアだったが、幸いなことに、ベールに覆い隠されて、それを見る者はいなかった。