第二十二話 笛吹ミーアを先頭に
臆する様子のまったくないティオーナ。
折れることのない頑なで真っすぐな意思を感じ取り、ミーアは不意に前時間軸のことを思い出した。
――そういえば、この人って、革命軍の聖女でしたわね……。
いろいろあって弱体化していたとはいえ、帝国という強大な権威を相手に喧嘩しようなどと考える輩である。
――しかも、お父さまのルドルフォン伯は痛いことされるのが好きな、ちょっと変わった方……。
ミーアの脳裏に、ムチャぶりをした時のルドルフォン伯の嬉しそうな顔が思い浮かぶ。
あんなことを言われて喜ぶなんて、変態に違いない、と確信するミーア。
とんだ濡れ衣である!
――弟さんのセロ君は可愛らしい感じの男の子でしたけど、ルドルフォンの方々は基本的に変わった方々でしたし、ラフィーナさまに楯突くことなんかなんとも思ってないのかもしれませんわね。
ミーアは早々に説得を諦める。
実際のところ、大々的にやらないにしても選挙活動は必要なわけで。そのための手伝いは何人か必要なこともまた事実なのである。
改めてティオーナを見て、それからミーアはため息交じりに、
「そこまで言うのであれば、よろ……」
……しくお願いしますわね、と続けようとした。けれど、その前にティオーナの後ろから歩み寄ってくる者の姿が、ミーアの視界に入った。
「ミーア姫殿下……」
「あら、あなたたちは……」
男子二人に女子二人という面々に、ミーアは見覚えがあった。
――確かダンスパーティーの時にティオーナさんを監禁した犯人……いえ、犯人は従者の方ということにしたんだったかしら?
首を傾げるミーアであったが、その前に男子生徒が膝をつく。
「ミーア姫殿下、ランジェス男爵家のウロスです。あの時の御恩をお返しいたしたく参上しました。我々も姫殿下を支持いたします」
それに続いて、他の三人も同じように恭しく、ミーアの前で膝をつく。
――え? え? これは、どうなってますの!?
「退学させられるところだった私たちを、姫殿下はかばってくださいました」
「あの日以来、勉学に励み、様々な奉仕活動に身を粉にしてきました。それもすべて今日、この時のため……。私たちが勝ち得た信頼を、ミーア姫殿下のために用いることができるのであれば、これ以上の喜びはありません」
それから四人はティオーナにそれぞれ頭を下げる。
「あの時はごめんなさい。ティオーナさん」
「我々を許してもらえるだろうか?」
その謝罪を受け、ティオーナは優しい笑みを浮かべる。
「過ちは誰にでもあるものですから。もう、気にしてません。それにミーアさまのもとに馳せ参じ、ともに戦う仲間じゃないですか」
すべてを受け入れ、呑み込んで、なお笑みを浮かべられるその精神性。
ミーアは、ティオーナの中に確かに聖女の慈愛を見た気がした。
自愛の聖女たるミーアとは大違いである。
「ああ……、ありがとう。君の寛容さに応えるためにも、誠心誠意、ミーア姫殿下を応援させてもらうよ」
ミーアを中心にして、素晴らしい友情のワンシーンが展開されていく。
ミーアとしてはいい迷惑である。
さらに、こうなるとミーアの取り巻きたちも黙っていられない。
そもそもが普段からミーアを慕い、ともにあることを望んだ者たちである。
しかも、ミーア自身はまったく気づいていなかったのだが、その取り巻きたちも微妙に前の時間軸とは違っていた。
最低条件として『アンヌが専属メイドをやっていることになにも言わないこと』というのが定められている。それを許容できる者というのは、実はさほど多くない。
その条件をクリアできる時点で頭がそれなりに柔軟で、それ以上にミーアと一緒にいたいという相応の気持ちを持っている。
打算はもちろんある。けれど、それ以上にミーアのことが個人的に気に入っている者たちが残った形。いわばミーアの篩いにかけられた、ミーアエリートというような集団なのだ。
ゆえに……ティオーナや、普段ミーアの周りにいない者たちに遅れをとるわけにはいかない。
「ミーアさま、もちろん、私たちも応援します」
後から後から周りに集ってくる者たちに、意気上がる彼らを前に、ミーアは泣きそうになっていた。
――ああ、やめて、そんな目立つようなこと、しないで……。わたくしは、もっと静かにしてたいんですのっ! このままじゃ、ラフィーナさまに睨まれてしまいますわ!
「ミーアさま……」
ベルのところをいったん抜け出したアンヌは、急ぎ足でミーアの教室に向かっていた。
やはりミーアが心配になってしまったのだ。
教室の入り口まで来たところで、アンヌはクロエの姿を見つけた。
なぜか、ドアのところからこっそり室内をのぞいているクロエ。
「クロエさま……?」
「あっ、アンヌさん。しっ!」
唇に指をあてて、しーっと言ってから、クロエは手招きした。
首を傾げつつ、歩み寄ったアンヌだったが……。
「今、いい場面ですから」
そう言ってクロエが指さした先を見て、思わず微笑みを浮かべた。
「ミーアさま……」
ミーアの周りには、大勢の生徒が集まり、口々にミーアへの応援を叫んでいる。
それを聞いて、うつむき、泣きそうな顔をしているミーアが見えて……。
「やっぱり、ミーアさま、不安だったんですね。みんなに応援してもらえるか」
クロエの言葉に頷いて応えて、アンヌはもう一度、ミーアの方を見た。
「ミーアさま、良かったですね……」
決して多くはない。けれど、ミーアの予想していたよりは多くの者たちがミーアのもとに集った。
かくて少数派閥、ミーア派は絶対権力者ラフィーナに弓引くことになったのである。
ティオーナを自らの陣営に加えたことでミーアは、打算的な希望を打ち砕かれ、それゆえに窮地を免れることにもなるのだが……。
今のミーアにはそのようなこと、知る由もなかった。