第二十一話 目力姫(ハイパワーアイプリンセス)再び
立候補した翌日の朝。
寮の食堂に入ったミーアは、前日とは違う空気を敏感に嗅ぎ取っていた。
「ご機嫌よう、みなさん」
テーブルで食事をしていた者たちに声をかける。
同じクラスで何度も顔を合わせている女子生徒だ。けれど彼女は一瞬気まずそうに目をそらして、小さく「おはようございます」と囁くように言うのみだった。
それからそそくさと自分の食事を片付けて離れて行ってしまう。
――ああ、なんだか、前の時間軸を思い出しますわ。革命前の扱いはこんな感じでしたっけ……。
誰もがミーアと関わり合いになりたくないという雰囲気を醸し出しているような、微妙な雰囲気が食堂に漂っていた。
さすがに露骨に嫌がらせを受けるようなことはない。
すれ違いざまに足を引っかけられたり、頭から水をかけられたり、そんな嫌がらせをされるほどには、帝国の権威は落ちてはいないのだ。
それに恐らく帝国貴族の子弟たちは、票自体は入れてくれるだろうとミーアは思っている。
――でも、表立って支持を表明はしてくれないでしょうね。
誰も好き好んで大陸最高の権威に楯突きたいとは思わない。ミーア自身だって思わない。
心の底から思わない!!
――わたくし、なぜこんなことになっておりますの!?
実に諦めの悪いミーアであった。
さらに悪いことは重なるもの。シオンとアベルに会いに行っていたということも不要な憶測を生む原因になっていた。ラフィーナに勝つためにミーアが多数派工作を行っていたという、不穏な噂を陰で囁く者までいる始末。
自分で思っている以上にアンタッチャブルな存在になってしまったミーアである。
ラフィーナと鉢合わせしないように、そそくさと朝食を終え、一度部屋に戻ってから授業の準備をする。
ちなみにアンヌにはベルの教室について行ってもらっている。正直、今ほどアンヌにそばにいてもらいたいと思ったことはないのだが、やむを得ないところであった。
――本当ならば誰か信用のおける方をそばにつけて、アンヌにはそばにいてもらいたいところなのですけど……そんなアテはございませんし……。
深い深いため息を吐いて、ミーアは教室に向かった。
廊下を歩いている間も、すれ違う者たちの視線が微妙に気になってしまうミーアである。
いつもであればミーアの周りには取り巻きの娘たちがたむろしてくるのだが、今日は誰も近づいても来ない。
教室に入ってもその状況は変わらなかった。
クロエはさすがにこんなことはしないで普通に接してくれると思いたいミーアであったが……。残念ながらまだ教室に来ていなかった。
――そういえば、割と朝はのんびりしてましたわね、クロエ。
ラフィーナと顔を合わさなくてよいように、早めに朝食を食べに行ったのが失敗だっただろうか。
一人寂しく席に着き、やることがないから授業の準備など始めるミーア。実にらしくない。
――まぁ、こんなものですわよね。仕方ないですわ。わたくしだって同じことをするでしょうし。授業が始まるまで隣のアベルのところに行ってようかしら……。
などと思いはするが、そこでふと思う。
――いえ、そうではありませんわ。むしろここは目立たないことこそ肝要。
ラフィーナに反抗すると、表立って名乗りを上げることの方が損が大きい。であれば、勝つにしても静かに、地味に、勝つ。気づいたら「あれ? 勝ってる?」みたいなのが理想。
――どうせ選挙なんて興味がない連中がほとんどでしょうし、帝国貴族と友好国の貴族を動員して……。あとは、シオンですわね。サンクランド勢にも裏から手を回してもらえれば、案外、半分以上は票を集められるのではないかしら?
となれば、大事なのは帝国貴族の票をきちんと確実に固めておくことだ。
――確か今は、帝国四大公爵家の者たちもこの学園に通っているはずですわ。まずは彼らの支持を取り付けて……あら? こう考えると今の状況ってそこまで悲観するものではないんじゃ……?
そんな感じでミーアの意識が低きへ低きへと流れていこうとした、まさにその時だった。
「ミーアさま!」
ミーアに歩み寄ってきた者がいた!
朝日にきらめくのは金色の髪、それを凛々しくポニーテールにして……。その瞳には強い意志の輝きを宿して、真っすぐにミーアを見つめてくる少女。それは、
「あら、ティオーナさん、どうなさいましたの?」
ミーアは驚愕しつつも、なんとか答える。今のミーアに最初に声をかけてくるのはクロエしかいないと思っていたからだ。
呆気にとられるミーアに、ティオーナは、どこか決意のこもった声で言った。
「お話はシオン王子とアベル王子から聞きました」
「え、えーと……?」
「ミーアさま、私はミーアさまを応援します」
「へ……?」
思わずぽっかーんと口を開けるミーア。そんなミーアに構わず、ティオーナは続ける。
「今度の生徒会選挙、ミーアさまのお手伝いをさせてください」
「ちょっ、まっ!」
ミーアは大いに慌てた。
まさについさっき、あまり目立たずに選挙をやり過ごしたいわ、などと思っていたところだったのだ。
にもかかわらず、教室で、こんな目立つ形で声を上げたら……。
教室内をキョロキョロと見回すと、みんなの視線がザクザク刺さってきた。
――ここ、これは、まずいですわ! ものすっごーく! 目立ってますわ!
「あ、あなた、ご自分が何を言っているか、わかってますの?」
ミーアはティオーナを懐柔するために口を開く。
ラフィーナに逆らうと怖いですよー、だから、票だけくれれば表立って応援とかしなくってもいいですよーっと、言外に臭わせる。
さらにアイコンタクト。ティオーナの瞳をじぃいっと見る。
目力姫の面目躍如である。
そんなミーアを見つめ返して、ティオーナは大きく頷く。
――ああ、わかってくれましたのね?
心の中で安堵の息を吐くミーア。だったのだが……、ティオーナは言うのだ。
「はい、ちゃんとわかってます。その上で言ってます」
――こっ、こいつ、全然わかっておりませんわ!
ミーアの絶叫が、ミーアの心の中でだけ響いた。