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第十八話 ミーア……ナニかを踏む

 八日の間、ミーアは全力の悪あがきをした。

 ベルから話を聞いた翌日、ミーアは体調が優れないと言って授業を休んだ。

 その日一日、絶望の涙に暮れていた。一日目。

 翌日、心配したアベルやシオン、その他クラスメイト達がお見舞いにやってきて、チヤホヤしてくれて、ちょっとだけ元気が出てきた。二日目。

「諦めるのはまだ早いですわ。ルードヴィッヒが言っていることを冷静に分析する必要がありますわ!」

 そう一念発起して、改めて自分が助かる道を模索し始めた。三日目。

 その翌日、甘いものが食べたくなったから授業に復帰。久しぶりのお勉強で知恵熱を出す。四日目。

 これで半分である。

 さらにその翌日、すなわちダラダラ過ごした五日目の夜、万年冬眠を決め込んでいるミーアの灰色の脳細胞が、ついに一つの推理を組み立てた。すなわち!

 ――生徒会選挙でわたくしがラフィーナ様を負かせば後の歴史が変わる。ということは、要するにラフィーナ様が生徒会長にならなければいいのですわ! つまり、わたくしが候補者として立つ必要はないわけですわ。どなたかラフィーナさまの他に有力な候補者さえ立てられれば!

 まるで霧が晴れるかのように目の前に開いた道。ミーアは勇んでその道に足を踏み入れた。

 そうして、六日目。

 ミーアは動き出す。自分が危機を逃れるためならば努力は惜しまないミーアである。

 彼女が候補者として思いついたのは、シオン王子だった。

 人気と人望が極めて高いシオン王子であれば、ラフィーナに太刀打ちできるのではないか? と思ったのは、ミーアにしてはまともな判断だった。

 数日かけてウォーミングアップしたミーアの脳細胞は、十分に温まっていたのだ!

 そうして放課後、ミーアはさっそくシオンのクラスに向かった。

 鼻歌交じりに、上機嫌な顔で。

 ――ふふん、わたくしがラフィーナさまに睨まれないだけでなく、シオンのやつに面倒ごとを押し付けられるなんて我ながら素晴らしいアイデアですわ!

 ちなみにセントノエルは各学年、二クラスずつの構成だ。シオンとアベルはミーアとは違うクラスに属している。ティオーナとクロエは同じクラスである。

 ――どうせならアベルと同じクラスがよかったですわ。シオンのやつは、まぁ、別にどうでもいいですけど……。まぁ、でも? せっかくですし? あいつがどうしてもって言うなら、みんな同じクラスでも一向に構いませんけれど……。一人だけだと、いくらあいつでも寂しがるかもしれませんし?

 ちょっぴりツンデレなミーアである。

「ちょっと、よろしいかしら?」

 教室に入り、扉近くで話に花を咲かせている女生徒の一団に話しかける。

「はい、あっ、ミーア姫殿下?」

 突然の大物の登場に、ぴょこんと飛び上がる女生徒。ミーアはそんな彼女に愛想笑いを浮かべる。

「ご機嫌よう。シオンはいらっしゃいまして?」

「え? あ、はい。シオン殿下は、剣術の鍛練に行かれました」

「まぁ、精が出ますわね。ということは、鍛練場の方かしら?」

「どうなんでしょうか。あ、ですが、アベル殿下もご一緒でしたよ?」

 ちょっぴり慌てた様子で、隣の女生徒がアベルの情報も追加する。こっそり、ひそめた声で。

 それを見てミーアは「はて?」と首を傾げつつ、

「あら、アベルもなんですの? ということは……もしかすると、あの場所ということもありえるかしら……」

 ミーアの言葉を聞いて、女生徒たちは一様にビックリした顔をした。

「ん? どうかされましたの?」

「あ、いえ、なんでもありません」

「まぁ、いいですわ。ありがとう、助かりましたわ」

 スカートをちょこんと持ち上げて、ミーアは教室を後にした。


 ミーアが去って後、女生徒たちは顔を見合わせた。

「ねぇ、ちょっと……、今の聞いた?」

「聞いた聞いた! ミーア姫殿下、シオン殿下のこと呼び捨てだったね!」

「もしかして、ミーア姫殿下とシオン殿下って……」

「えー? でも、剣術大会ではアベル殿下を応援してたよ? それにアベル殿下のことも呼び捨てだったし」

「どっちが本命なのかな?」

 きゃーきゃー、黄色い悲鳴が上がる教室にて、一躍噂の中心人物に成り上がってしまったミーアであった。


 そんなこととはつゆ知らず、ミーアは鍛練場を訪れ、予想通りそこにいないのを確認すると今度は厩舎の方に向かった。

 もしかすると、騎乗での剣術訓練を行っているかもしれないと思ったのだが……。

「やっぱり、いないですわね」

「おお、誰かと思えば、ティアムーンのお嬢ちゃんじゃねぇか」

 と、そこで唐突に声をかけられる。

 視線を転じたミーアは、その先に大柄な先輩の姿を見つけた。

 馬用のブラシを片手にミーアを見下ろしていたのは……。

「あら、これは馬龍(マーロン)先輩、ご機嫌よう。お久しぶりですわね」

「おう、久しぶりだな、嬢ちゃん。休みの間、きちんと馬に乗ってたか?」

 そう言って、馬術部の部長、林馬龍は豪快な笑みを浮かべた。

「ええ、もちろんですわ。もう、馬龍先輩より上手くなったのではないかしら?」

 すまし顔で言うミーアに、馬龍は再び笑い声をあげた。

「ははは、言うなぁ。よし、じゃあ今度、勝負するか?」

「ええ、よろしくってよ、負けませんわ」

 勝気な笑みを浮かべてから、ミーアは小さく首を傾げた。

「ところで馬龍先輩、こちらにシオンとアベルは来ませんでした?」

「いや、見てないな。俺は授業が終わってから、ずっと馬たちの世話をしてたが……」

「ということは、やっぱりあそこかしら」

 ミーアは、ふむと頷いて、

「ありがとうございました、馬龍先輩。わたくし、そろそろ行きますわね」

「ああ、と、そうだ。お嬢ちゃん、足元気を付けた方がいいぞ。さっきその辺りで、こいつが……」

「えっ……?」

 踏み出したミーアの足、その下で、不意に、ぺしょりと不吉な音が鳴った。

 ちょっと湿ったような、水っぽいような、実になんとも、こう、嫌な音が……。

 ――い、今のは……まさか?

 ミーアは、とてもとても気が進まなかったが、それでも嫌々ながらも、足元に目を落として……。

「あ、ああ…………」

 悲しげな声を上げた。


 ――う、うう、わたくしの、靴が……。うう。

 ミーアは、宮殿の奥の奥で、純粋培養で育てられた高貴なる姫君ではない。

 前の時間軸、不潔な地下牢での生活という地獄を味わっているし、貧民街に足を踏み入れることにも特に抵抗はない。

 だからまぁ、ナニを踏んだと言っても別に大して騒いだりはしないのだ。

 別にケガをしたわけでもないし、靴が使えなくなるわけでもない。そんなに気にする必要はないのだ。

 ただまぁ……だからと言ってショックでなかったかというと、そんなこともなくって。少なくとも、そのテンションはダダ下がりにはなっていた。

 とぼとぼ、うつむきつつ、ミーアは学園の裏手の細道に向かった。

 まるで森の中を行く獣道のようなその細道の先には、以前、アベルが剣の素振りをしていた砂浜があるのだ。

 やがて、道の先で大きく視界が開ける。

「ああ、相変わらず美しいところですわね」

 耳に届くのはかすかな波の音。寄せては返す波に、さらさらと形を変えるのは、白く美しい砂粒だ。春の日の、柔らかな日差しに照らされ、その一粒一粒がキラキラと美しくきらめいて見えた。

 まばゆいばかりに美しい砂浜、その波打ち際で、剣を構えた二人の王子が向かい合っているのが見えた。

「やはり、こちらでしたのね……」

 つぶやきつつ、ミーアは、ぷくーっと頬を膨らませた。

 ――それにしても、案外アベルも乙女心がわからないんですのね。この場所、二人だけの秘密の場所にしたかったのに。

 そのまま砂浜に出ようとして、ミーアは立ち止まった。

 自らの靴をまじまじと見つめ、それから白く美しい砂浜を見つめる。

 白い砂浜に点々と茶色の足跡がつくのを想像して……。

「それは……ちょっと嫌ですわね」

 おずおずと靴を脱いだ。

「まぁ、砂浜だから、おかしいことはございませんわね」

 そのまま裸足になったミーアは、ちょこちょこと小走りで王子たちの方に向かおうとして、

「おや? ミーア姫殿下」

 ミーアに気づいて声をかけてきたのはキースウッドだった。

 砂浜に転がった巨大な岩に寄り掛かるようにして二人の王子を見守っていた彼は、ミーアの方を見て目を丸くした。

「あら、こんにちは。キースウッドさん。ご機嫌いかがかしら?」

 ミーアはスカートの裾を、ちょこんと持ち上げて、キースウッドに挨拶した。

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