第十五話 ラフィーナの誘い
一日の授業を終えたミーアは、早速ラフィーナの部屋を訪れた。
ヴェールガの最高権力者の娘であるラフィーナであるが、普段暮らしているのはミーアたちと同じ女子寮だ。
距離的には、実家から通っても問題ないのだが、各国の次世代を担う者たちとの交流を重視して、そのようにしているのだという。
「さ、行きますわよ」
ミーアは自らの後ろに控える少女に声をかけた。
少女……、ミーアの孫娘であるベルは緊張に強張った顔で、ミーアを見つめた。
「あの、おば……、お姉様……、本当に大丈夫でしょうか?」
「そうですわね、あなたがわたくしのこと、うっかりお祖母さま、なんて呼ばなければ大丈夫なのではないかしら?」
「むー、お姉様、意地悪です……」
ぷーっと頬を膨らませるベルの肩を押して、ミーアはドアをノックした。
「失礼いたします、ラフィーナ様」
「ああ、いらっしゃい、ミーアさん。あら? その子は……?」
笑顔でミーアを出迎えたラフィーナは、ベルの方に目を向けて、小さく首を傾げた。
「ええ、実は話というのは他ならぬこの子のことですの。同席をお許しいただけますかしら?」
「ええ、それは構わないのだけど……」
わずかばかり困惑した顔をしつつも、ラフィーナは、
「困ったわ。お茶菓子、ミーアさんの分しか用意してなかったの」
「まぁ! それは大問題ですわ!」
半ば本気でミーアは心配した。
部屋に入り、椅子に座って落ち着いたところで、ベルの分の紅茶とお茶菓子がそろう。
ラフィーナは自らの前に置かれたティーカップを持ち上げ、その香りを楽しむように深く息を吸ってから、ミーアの方に目を向けた。
「それで、お話とはなにかしら?」
「ええ……その」
ミーアは、わざとらしく言い淀んで見せてから、紅茶を一口。口の中に広がるのは甘い花の香りだった。
気分を落ち着けるように……そう見えるように、ミーアはほうっとため息を吐いてから、
「実はこの子は、わたくしの、その……妹ですの」
用意していた答えを口にする。
さも言いにくいことを言うかのような様子で……。あまり深く触れてくれるな、と言外に主張するように。
「え? だけど、ティアムーン帝国の皇女は確か……」
首を傾げるラフィーナに、意味深に頷いて見せて、ミーアは答える。
「ええ、わたくし一人、ということになっておりますわ。公式には……」
公式も非公式もなく、実際、皇帝の血を引くのはミーア一人だけなのだが……。
――申し訳ありません、お父さま。少しだけ泥をかぶっていただきますわ。
そうして、再びのアピール! 突っ込まれればボロが出る。言いにくいことなので、そっとしておいて、と全力でアピールである。
そんなミーアの目くばせで、ラフィーナはすべてを察した様子だった。
「まぁ、国を統べる者としては当然のことね。お世継ぎがミーアさん一人では何かあった時に大変でしょうし……」
それから、ラフィーナはベルの方に目を向けた。
「なるほど、確かによく見るとミーアさんに似てるわね。それで、ミーアさんの妹さんの、えーっと……」
「あ、ご挨拶が遅れました。ミーアベル・ルーナ・ティアムーンです。よろしくお願いします、ラフィーナ司教て……いたっ!」
ベルの足を隣で踏んづけてから、ミーアは、おほほ、と笑みを浮かべた。
「それで、ラフィーナ様にお願いがございますの。この子を、この学園に通わせていただけないでしょうか?」
ミーアは少しばかり緊張しながら言った。
セントノエル学園に通うこと、それは、ある種の特権だ。
ティアムーン帝国の中にも、金や地位がありながら、通うことのできなかった者たちが数多存在している。反対に、ティオーナのような田舎貴族や一般の民衆であっても、ラフィーナのお眼鏡にかなえば通うことができる。
たいていのことは、わがままで通せてしまうミーアだが、今回ばかりは権力に頼るわけにはいかないのだ。
「妹さんをこの学園に、ね……」
ラフィーナは一瞬、ベルの方に視線をやってから、
「お友だちの頼みは、無下にはできないわね」
「ありがとうございます、ラフィーナ様」
ホッと安堵しつつ、頭を下げるミーアに、ラフィーナは楽しそうな笑みを浮かべた。
「ふふ、それにしても、ミーアさん、今日はやけに演技が下手ね」
「……へ?」
「別に私は、ミーアさんが言いたくないことまで聞こうなんて思わないわよ? 素直にそう言ってくださればいいのに。妹さんのこと、よっぽど大切に思ってるのね。だから、そんなに必死になるのね」
そうして、ラフィーナは、ベルの方に目を向けた。
「これから、よろしくね、ミーアベルさん」
「あっ、えっと、ベルって呼んでください。ラフィーナ様」
どうやらベルも、だいぶ緊張が解けてきたらしい。
そんな二人のやり取りをしり目に、ミーアは目の前の焼き菓子に手を伸ばす。
もう、自分の仕事は終わった、と思っていた彼女であったのだが……、
「ところで、ミーアさん、私からも折り入って相談したいことがあったの。いいかしら?」
ラフィーナに話しかけられて、顔を上げる。
「まぁ、ラフィーナ様がわたくしに相談なんて……、いったい何かしら……? もしや、例の?」
このタイミングで持ち掛けられる相談事など、混沌の蛇関係以外に思いつかなかったのだが、ラフィーナが口にしたのは意外なことだった。
「いえ、そうではないのよ。実はね、もうすぐ生徒会の選挙があるのだけど……」
一度、言葉を切ってから、ラフィーナはミーアの目を見つめた。
「それでね、よかったら、ミーアさんにも、生徒会に入ってもらいたいのよ」