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第十四話 司教帝ラフィーナ

 そうして、話し込んでいるうちに朝がやってきた。

 すっかり寝不足気味のミーアはあくびを噛み殺しながら、食堂にて朝食をとった。

 部屋に残してきたベルには、アンヌが朝食を持って行っているはずだった。

 一緒にテーブルについた取り巻きとの会話もほどほどに、搾りたての甘い牛乳を飲みながら、ミーアはぼんやりと、ベルから聞いた話を思い出す。

 ――司教帝ラフィーナ様……。にわかには信じがたいお話でしたわね。

 ヴェールガ公国は、軍事力を持たない小国だ。

 そして、大陸に広く普及した中央正教会の総本山であり、宗教的権威に裏打ちされた国である。

 ヴェールガには、国を統べる王がいない。唯一の神を王とし、その王に任命された最高位たる公爵こそが国を統べる王にして、宗教的指導者である司祭なのだ。

 それゆえに、軍は持たないし、王をも名乗らない。

 それは絶対的な権力を持つ自己を律するための謙虚さであり、配慮であったはずなのだが……。

 ――にもかかわらず、ラフィーナ様は皇帝を名乗られ、そして、自ら剣を取られた。

 ベッドの中でベルは言った。

「司教帝ラフィーナは邪教結社「混沌の蛇」との戦いを訴え、近隣国に義勇兵を募りました。そうして集まった兵をヴェールガの軍、聖瓶軍(せいびょうぐん)として組織しました」

「まぁ、ラフィーナ様が、そんなことを?」

 確かに、彼女は混沌の蛇との戦いを宣言し、ミーアたちに協力を要請した。

 けれど、自ら軍を持ち、それを率いて戦いに参加するとは、ミーアは思っていなかった。

「それだけではありません。ヴェールガ公国を神聖ヴェールガ帝国に移行、周囲の国々に恭順を求めることになります」

「そっ、それでは、侵略ではございませんの? いったいなぜ、そのようなことに?」

「徹底した管理体制による破壊活動の防止。司教帝の手足となって動く聖瓶軍を用いて、潜んだ邪教徒の掃滅をしようとしたのだ……って、ルードヴィッヒ先生は言ってました」

 ベルの微妙なルードヴィッヒ物真似に、ミーアは苦笑いした。

「……それにしても、邪教徒の掃滅なんて……、なんとも物騒ですわ。ティアムーンは混乱の中にあったとしても、サンクランド王国のシオンは黙っていたんですの?」

「残念ですが、サンクランドも内乱状態でした。司教帝につくことを主張する貴族派と、そのやり方に反対する天秤王シオンの派閥に分かれて……」

 善政を敷いたシオンでさえ、国を割られてしまう。それほどに、『聖女』の言葉は重い。

「ティアムーンにも、その流れは来ます。四大公爵家のうち、二つは司教帝の側につき、もう片方は天秤王につきます。そして、天秤王についたほうが負けます。結果、帝国は聖瓶軍の管理下に置かれます」

「話を聞いていると、ラフィーナ様がすべての問題の発端になっているように聞こえますわね」

 ミーアはてっきり、混沌の蛇がすべての元凶だと思っていた。けれど……、

 ――これは矛盾ですわ。ラフィーナ様は混沌の蛇を排除するために管理体制を強くしている。そのせいで、逆に世界がよくない方向に行っておりますわ。これでは、ラフィーナ様が元凶だということになってしまいますわ。

 そもそも、ミーアにはいまいち、ラフィーナがそんなことをするようには思えなかった。

「いったい、どうして、ラフィーナ様はそのようなことを?」

「それは…………」

「それは?」

「…………すみません。よくわかりません。ルードヴィッヒ先生に何か聞いたような気はするんですけど。その時、ウトウトしてしまってました」

――まぁ、あのルードヴィッヒの話の途中で寝るなんて、大した度胸ですわね。ネチネチ嫌味を言われたでしょうに。

 素直に感心してしまうミーアであったのだが……。

「えへへ、ルードヴィッヒ先生、とても優しくしていただいたんですけど、そのせいで眠たくなってしまって……」

 ベルの言葉に愕然となる。

「やっ、やや、優しいって、あのルードヴィッヒが、ですの?」

 声が、震える。

「はい。とてもよくしていただきました。ボクが寝てるのが悪いのに、自分の教え方が悪かった、と言って謝ってくれたり、寝ないで最後まで聞いてただけなのに、よく頑張ったね、って頭を撫でてくれたりしました。ボクの大好きなおじいちゃんです」

 ――ちょ、な、ルードヴィッヒ、な、なんなんですの!? この扱いの差は! さっ、差別ですわ! わたくし、大変、不当な扱いを受けましたわ!

 そもそもミーアがウトウトして怒られたのは十六、七歳のころで、ベルは十歳前後なので、その時点で大きな違いがあるのだが、当然、そんなことは考えないミーアである。

 そんなこんなで、夜は更けていったのだった。

 ――結局、あの後も、有益な話は聞けませんでしたわね。まぁ、何か思い出すこともあるでしょうけれど、それにしても、気になりますわ、ラフィーナ様のこと。

 そうして、朝食を終えたミーアは、ちょうど食堂から出ようとしていたラフィーナの姿を見つける。

「ラフィーナ様、おはようございます」

「あら、ミーアさん。ご機嫌よう。どうかした? なんだか眠そうだけど」

 優しい笑みを浮かべるラフィーナに、ミーアはあいまいな笑みを返してから、

「ええ、少し寝不足で。それより、折り入ってお話があるのですけれど、お昼にうかがってもよろしいかしら?」

「まぁ、奇遇ね。私もミーアさんにお話があったのよ。ちょうどよかったわ」

 ニコニコ笑うラフィーナに、ミーアはきょとんと首を傾げるのだった。


改稿 聖帝軍→聖瓶軍(せいびょうぐん)


まったく想定外でしたが、さすがに世紀末臭が強すぎるので直しました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そして、大陸に広く普及した中央正教会の総本山であり、宗教的権威に裏打ちされた国である。 「普及」には「広く行き渡る・行き渡らせる」という意味があるので、「広く」は余分です。
[気になる点] あとがきに、改定 聖帝軍→聖瓶軍(せいびょうぐん)と書かれてますが、なぜ瓶なんてダサい名前に変更を? 聖帝軍の方が帝国の軍には相応しいと思うんですよねー。
[一言] 本とマンガの両方買いました。とても面白いです、頑張ってください。
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