第十二話 祖母と孫とのパジャマトーク(シリアスな)
――不思議な夢……。
お湯につかり、目の前の少女と話しながら、ベルは思った。
追手に捕まりそうになって、光に飲み込まれて、気が付いたら変な建物の中にいた。
大きくて、とても豪華な内装の、お城のような建物。
突然の変化に驚いたベルは、警戒してすぐに身を隠した。
――ちょっとだけ、もったいなかったかも……。
はじめから夢だってわかってたら、もっといろいろ回れたかもしれない。食べ物がなくてひもじい思いもしなかったかもしれないし、それに……。
――もしかしたら、アンヌお母さまとだって、もっと早くお会いできたかもしれない。それに……。
目の前の、ベルの祖母を名乗る少女、ミーア・ルーナ・ティアムーン。
ベルの周りにいた人たち、みんなが慕い、その死を惜しんだ人……。
その姿は少しだけ、ベルに似ていて、でも……。
「あなたの尊敬するお祖母さまが、決して終わらせはしませんわ」
力強い宣言とともに、自分を安心させるように笑みを浮かべる。その力強い笑みに、ベルは見惚れて、憧れた。
――ああ、これが……これが帝国の叡智……。
ベルの姿を見て、惜しむことなく、すぐにお菓子を出してくれた。
遠慮するベルに、無理矢理に食べさせて、その後で労わるように、お風呂に連れてきてくれた。
――とっても温かくて、頼りになる人……。尊敬するお祖母さま……。もっと早くお会いしたかったな。そしたら、もっともっとたくさんお話しできたのに……。
最初はちょっぴり怖い夢かと思った。だけど、今ではすごく楽しくって、ベルは久しぶりに笑った。それは本当に本当に、久しぶりのことだった。
アンヌとエリスが命を落としてから、楽しいなんて思うことはなくなってしまったから。
――もしかしたら……ボクが最後まで誇りを失わなかったから、ご褒美にこんな素敵な夢、見れたのかな……。
最後……、そう、ベルは自分の命運がすでに尽きていることを知っていた。
追手の手に落ちれば、皇帝の血を引く自分は、確実に処刑される。
断頭台で首を落とされるか、それとももっと別の、恐ろしい方法でなされるのかはわからないけれど……。
それを思うと、恐怖で体が震えた。
――できれば、もう少しだけ、この世界にいたいな……。
温かで、優しい世界。
大切な人たちが、まだ生きていて……自分を抱きしめてくれる幸せな世界。
ここにずっと居たいと、心からそう願う。
だけど、そんなベルの想いと裏腹に、目の前の景色が霞み始めた。
夢の終わり……。
どれだけ楽しくても、夢は終わる。ずっと居たいと思っていても、人は夢の中に居続けることはできない。
――お祖母さま……お会いできて、嬉しかったです。
そうして、ベルの意識は、白い湯気の中に溶けて行って……。
「あっ……」
目が覚めた時、ベルは自分が泣いていることに気が付いた。
慌てて、目元をぬぐう。
夢は終わった。これからやってくるのは、辛く苦しい現実だ。
自分は追手の手に落ちて、今は絶望的な状況。あがいてもどうしようもないかもしれないけれど、それでも……、とベルは身構えようとして……唐突に気が付いた。
自分がふかふかの、気持ちの良いベッドに寝かされているということに。
体を見下ろせば、いつの間にやら着替えさせられていて……。今着ている服は、なんだかふわふわしてて、とても気持ちいい上質なもので。それに、ほのかに香る花の匂いがとっても素敵だった。
――ボク……いったいどうなって?
「あら、目が覚めましたのね?」
そのベッドに腰かけて、ベルの顔を覗き込む一人の少女がいた。未だ夜明け前の、ほのかな月明かりに照らされて、その美しい髪は淡く白金色に輝きを帯びていた。
「まぁ? どうしましたの? そんなに泣いて……。ベルは泣き虫ですわね」
ベルの目尻についた涙を、指先で拭う、彼女こそ……。
「ミーア、お祖母さま……?」
「お姉さまですわ!!」
ミーアはちょっぴり不機嫌な声で言った。
――やっと起きたと思ったら、失敬なやつですわ!
ミーアはプリプリ怒りつつ、ベルの隣に横になった。
「あの、アンヌ母さまは……?」
「もうすぐ食堂で準備が始まる時間ですから、あなたの分も作ってもらえるようお願いに行っていますわ。起きるにはまだ早い時間ですし、わたくしたちはもう少し、ここで休みましょう」
「え? おば……お姉さまのお隣で、ですか……?」
ベルは戸惑ったような声を上げて、体をぎゅっと縮こまらせる。
「そんな恐れ多いこと……」
「あなたの分のベッドは急には用意できないでしょう? アンヌのベッドを使わせてもらってもよろしいんですけど……」
ミーアの視線を追ったベルは、きょとん、と首を傾げた。
「あれ? でも、ミーアお姉さま、確か、さっきはあっちの方に寝てませんでしたか?」
「……気のせいですわ」
ミーアは微妙に目を逸らしつつ、
「それはそうと、あなたには聞きたいことがあるんですの」
そう言うと、ミーアは、毛布を頭の上までずり上げた。
小さい二人の少女は、これですっぽり、その中に潜り込んでしまう。
そうして、声が外に漏れないようにしてから、ミーアは改めてベルに問う。
「ベル、いったいあなたに何が起きたのか、聞かせてくださらないかしら? こう言ってはなんですけど、あなた、帝室に連なる者とはとても思えないような見た目をしてましたわよ?」
ボロボロの粗末な服、伸び放題で手入れのされていない髪、やせ細った体……。
帝室の一員どころか、貴族の娘にすら見えない、悲惨な状態だった。
「ティアムーン帝国は、帝室は……、わたくしと子どもたちは、どうなりましたの?」
ミーアの問いかけに、ベルは一瞬、黙り込み、やがて小さく口を開く。
「ティアムーン帝国は……もうありません」




