第十六話 ミーア姫、悟りを開く
アンヌの自宅は、城下町の外れにあった。一般的な木造の民家が並んだ一角に建つ、小さな家。
可愛らしい花が咲いた庭には、たくさんの干された服が風に揺れていた。
お世辞にも裕福そうには見えない、けれど、とても家庭的で温かみを感じる家だった。
「ミーア様、私がいいって言うまで、馬車でお待ち下さい」
そう言い残して、アンヌはそそくさと家の中へ。
待つこと数分、アンヌといっしょに出てきたのは、顔をほんの少し青くした壮年の男女だった。
「あら、そちらの方は、もしかして……」
「ほっ、ほほ、本日はご機嫌麗しゅうございます、姫殿下。アンヌの父でございます」
男性の方が妙に上ずった声で言って、それからかたわらにいる女性はアンヌの母だ、と紹介する。
対して、ミーアは、スカートの裾をちょこん、と上げて、
「はじめまして、ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ。いつもアンヌにはお世話になっておりますわ」
愛らしい笑顔を浮かべた。
「い、いえ、こちらこそ、娘を格別にお引き立ていただき、感謝の言葉もありません」
「な、なにもおもてなしはできませんが……」
「気にしなくても大丈夫ですわ。いつもアンヌにはお世話になっておりますし、今日はおみやげを届けるついでに寄っただけですから」
ミーアはにっこり、実に模範的な笑みを浮かべる。外面の良いミーアである。
「さ、アンヌ、早く妹さんのところに案内してくださいまし」
氷菓子が溶けないうちに食べたかったから、ミーアは焦っていた。
幸いにも、数えてみると、陶器のカップに入った氷菓子は、八個も入っていた。
これだけあればアンヌの家族にあげても、ミーアにも回ってきそうだった。
――さすがは、四大公爵家。太っ腹ですわ!
ひさしぶりに口にする氷菓子に、ミーアはワクワク、弾んでいた。のだけれど……。
案内された狭い客間、そこに集まった子どもたちを見て、少しばかり心配になった。
そこにいたのは、四人の子どもだった。最年長が男の子で、恐らく、ミーアより少しばかり年上だろうか。後の三人は女の子で、ミーアより年下に見える。
「……アンヌの弟と妹ですわね」
アンヌを合わせて、五人。両親を合わせて……、七人だ!
――あっ、危ないところでしたわ……。
これで、余った一個は自分に回ってくるはず。
しかも、おみやげを惜しげもなく分けるという聖人並みの行ないを示したのだ。
アンヌの中の優しい皇女殿下像も、壊さずにいられるに違いない。
実際には特に大したことをしたわけでもないのだが、ともかく、ミーアは上機嫌でアンヌの弟妹の自己紹介を聞き流していたのだが……。
「それで、すみません、ミーア様。次女のエリスは少し体が弱くって、この時間はいつもお部屋で休んでるんです。本当なら、ご挨拶に出てこなければいけないところなんですけど……」
「へっ……?」
その一言に、ミーア固まる。
まさかの、一人、追加である。
しかも……、
「わぁっ、姫殿下、こんなもの、本当に頂いていいんですか?」
「ありがとう、ミーア姫殿下。ほら、パパもママも食べよっ!」
「こら、姫さまの前で……。申し訳ありません、姫殿下」
アンヌの家族の嬉しそうな顔を見せられてしまっては、もうどうしようもない。
アンヌの前で、優しい皇女殿下像を維持するためにも、一つよこせ、とは言えない小心者のミーアである。
――よっ、四大公爵家なら、ケチケチせずに十個ぐらい入れときなさい! あほーっ!
やり場のない感情を、公爵令嬢にぶつける。
さんざん八つ当たりして、ようやく平静を取り戻しかけたところで、
「申し訳ありません、姫殿下。本来であれば、どのような事情があったとしても、お出迎えに出なければならないところを……、このようなご無礼を……」
「え? あ、ああ、そんなのはどうでもいいことですわ。わたくしが急に来たのがいけないのですし、それに、体の調子がすぐれないなら仕方ないですわ。それより、アンヌ、溶けてしまってももったいないですから、早くみなさんに食べていただきなさい」
それから、一度だけ、氷菓子の方に切なげな視線を送ってから……、
「そうですわ、食べていただいている間に、わたくしたちは、そのお部屋にいる妹さんのところに氷菓子を持っていきませんこと?」
念のために言っておくと、別に、病人を気遣って言っているわけではない。
ただ単に、目の前で美味しい物を食べているのを見せられて、なおかつそれが自分の口に入らないのを見ていられるほど、人間ができていないだけの話である。
にもかかわらず、
「ミーア様……っ!」
アンヌは、感動したように、言葉を詰まらせた。
「お気づかい頂いて、ありがとうございます。ミーア様にお見舞いに来ていただくなんて、きっと妹も喜びます!」
「あー、それはなによりですわー」
対して、ミーアの声は半ば投げやり気味の棒読みだった。
とりあえず、ここまでで。以降はのんびり更新に戻ります。