第十話 祖母と孫の感動の対面
「ミーアさま、どういたしますか?」
「そうですわね……。とりあえず、共同浴場に連れて行きましょうか」
ミーアは、呆然とする少女をうかがいつつ、アンヌに指示する。
女子寮の共同浴場は、基本的には入浴時間が決まっている。けれど、それはあくまでも表向きのこと。
温泉を引いているため、常時、湯はたまっている。そして、どうしてもという場合には、管理人に言って、こっそり入ることも可能なのである。
天井の一部がステンドグラスになっている浴場で、淡い月明かりを浴びつつ、入浴するとたいそう風流なのだとか。
まぁ、夜は寝ることに無上の喜びを感じているミーアには縁のない話ではあるのだが。
「とりあえず、この子の服は洗うとして……。着替えはわたくしのものを適当に見繕ってちょうだい」
「ミーアさまは、いかがいたしますか?」
「へ? わたくし、ですの?」
ミーアは、ふと自分の体を見下ろした。
気が付けば、ミーアは汗まみれだった。先ほど廊下を全力で走ったのだから、当然のことだ。
――このまま寝るのは、確かに少し気持ち悪いかもしれませんわね。
小さく頷き、ミーアはベッドから起き上がった。
「そうですわね、月夜のお風呂というのも風流でしょう」
ミーアは少女とアンヌを引き連れて、共同浴場にやってきた。
その間、少女はずっと黙ったままだった。
――どうかしたのかしら? なにか、企んでいるとか……?
ちらちら横目で監視するミーア。だったが、少女は悪だくみをしている様子はなく、むしろ、かすかにうかがえるのは戸惑いの様子だった。
脱衣所につくと、手早くアンヌが少女の服を脱がせていく。
少女は、特に抵抗する様子もなく、なすがままにされていた。
ミーアはさりげなく、その様子を見つめていたが……、
――ふむ、武器などは持ってないようですし……。なにか武術をやっているようにも見えませんわね。
自分とあまり変わらない……というより、むしろ貧相ですらある少女の裸身だった。
あばら骨がわずかに浮いていて、あまり食べていないことがうかがえる。肌艶もあまりよくないし、頬は痩せこけて、顔色も青白い。
先ほど触れた時も思ったことだが髪質も悪い。
貧民街の住人を装った、混沌の蛇の関係者……。そう予想していたミーアであったが、その姿には、ついつい憐れみの念を抱いてしまう。
――地下牢での生活を思い出してしまいますわね。
食べられないのは……辛いことなのだ。
先ほど少女の反応を見て、チョロイなどと思ってしまったことを、ミーアは思わず反省する。お腹が減っていれば、ミーアだって、食べ物をくれた人を女神と崇めるぐらいは……。
――いや、さすがに、あそこまではやりませんわ! やっぱりこの子、ちょっとチョロイ子だと思いますわ。
「ミーアさま……」
ふと見ると、アンヌが生真面目な視線をミーアに向ける。
「ミーアさまの洗髪薬と洗身薬、それに肌を潤す香油をお使いしてもよろしいでしょうか?」
普段から、ミーアのもろもろのお手入れを手伝っているアンヌである。その仕事には、こだわりを持っている。そんなアンヌだからこそ、少女の状況を見て、肌艶&髪質保持職人の魂に火がついてしまったようだ。
「ええ、かまいませんわ。わたくしは寝汗を流すだけですし。その子の入浴を手伝ってあげてちょうだい」
それから、ミーアは悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「せっかくですから、ダンスパーティーに出ても恥ずかしくないぐらいに、綺麗にしてあげるといいですわ」
さっさと汗を洗い流したミーアは、浴槽に浸かって、はふーっと息を吐いた。
――あー、生き返りますわ……。
手足をぐいーっと伸ばして、疲れがたまった筋肉を解していく。
…………大した運動はしていないように思うのだが、なまりきった体には、先ほどの全力疾走がこたえたのだ。
――っと、気を抜くわけにはいきませんわね。
気分を入れ替え、ミーアは改めて少女の方を見た。
アンヌのされるがままにしている少女。今はわしゃわしゃと長い髪を洗われている。ぎゅっと目をつむり、じっとしている、その姿は、まるでお風呂に入れられた猫みたいだった。
――あの子、いったい何者なのかしら……?
当初、混沌の蛇から送り込まれた破壊工作員か何かだと疑っていたミーアだったが、少女を見ていると、なんだか、疑っているのが馬鹿らしくなってきた。
――それに、あの子がさっきつぶやいた言葉……。
「アンヌ母さま……とか言ってましたわね」
やがて、汚れを落とした少女が浴槽に入ってきた。
「では、ミーアさま、私はお着替えと香油の準備をしてきます」
「ええ、よろしくお願いするわね」
頭を下げ、踵を返すアンヌ。その後姿を、少女はジーっと見つめていた。
浴室の扉が閉まったところで、
「……やっぱり、アンヌ母さまだ……」
ぽつん、とつぶやく。
「……でも、おかしい。確かにアンヌ母さまなのに、なんだかすごく若い……」
ぶつぶつ、戸惑うようにつぶやいていた少女だったが、突然、顔を上げて、パンっと手を叩いた。
「あっ、そうか。つまり、これ、夢なのですね」
意味のわからない状況を「夢」で片付けてしまう精神性に、ミーアは微妙な親近感を覚えた。
――なっ、なんかこの子……とても他人とは思えませんわ。
そうして、改めて見てみると、少女はどことなくミーアに似ていた。
しっかりと洗い清められた髪の色は、ミーアと同じ白金色だった。切れ長の美しい瞳の色はミーアとは違って、緑月石のような緑色だけど、その形はやはりミーアと似ている。
っと、その瞳がミーアの方を見て、驚きに見開かれた。
「あ、ごめんなさい。えーと、遅くなりましたが、お初にお目にかかります。ボクはベル。ミーアベル・ルーナ・ティアムーン。ミーアお祖母さまの孫娘です」
「はぇ…………?」
ミーアはぽっかーんと口を開けた。