第百七十七話 お祭り気分のノリでつい……
「それで、わたくしに相談とはなにかしら? 先ほどのホースダンスの件ではないのですわよね?」
問いかけつつ、ミーアはアンヌが用意してくれた紅茶を口にする。
すでに、ヒルデブラントとの面談や生徒会室で、少々パクついていたため、お茶菓子は抜きである。要人との面談では、常に傍らにあったお茶菓子の不在をいささか寂しく感じつつも、ミーアは小驪のほうを窺った。
小驪は小さく頷き、それから真っ直ぐにミーアを見つめてから……。
「単刀直入に言わせてもらいます、ですの。私は、ヒルデブラントさまと添い遂げたいと思っておりますの!」
そのあまりにも単刀直入すぎる言いざまに、ミーア、思わず仰け反る。その後方で、アンヌが、口元を押さえていた。
基本的にミーアは、恋バナが大好物だ。
いつでもどこでもどんと来い! ではあるのだが、しかし、さすがにここまで直球で相談されることは想定外。それも、前置きもなにもなくの、この率直さに、いささか動揺を禁じ得ないわけで……。
――こっ、ここまではっきりと好意の表明をしてくる方はルヴィさん以来かしら……いえ、ルヴィさんの時も、もう少し遠回しだったような気がしますけど……。騎馬王国の方って、みなさん、こんな感じなのかしら……?
ふと、ミーアの脳裏に、馬龍との仲を深めつつあるラフィーナの顔が思い浮かんだ。
――だとしたら、ラフィーナさまもさぞや……いえ。あのお二人はまだそこまでのご関係ではないのかしら……ふぅむ。
恋愛脳モードのミーアは、むくむくむくっと無限に妄想を広げていく。
「それにしましても……まさか、あのヒルデブラントさんを……。あっ、もしかして……」
っと、ミーアは一つの懸念に思い至る。
「小驪さん、もしかするとご存じないのかと思って言うのですけど……。彼は確かに好人物ではありますけど、馬にハマった結果、馬になりたいなどと言い出す男ですわよ? それでも構いませんの?」
きちんと欠点は伝えておくべきだろう、と思うミーアである。
ヒルデブラントは一応は親戚、しかも、根は良い奴である。レッドムーン家との婚約をダメにしてしまった罪悪感も多少はあるし、できれば、幸せな結婚生活を送ってもらいたい。
結婚してみて、やっぱりこれじゃない! 的な不幸なことにはなってほしくないのだ。
ミーアからの指摘に、眉をひそめた小驪は……。
「えと……それは、普通のことでは……ですの?」
かっくーん、っと小首を傾げた。心底不思議そうな顔をしている!
「あ……あー、それは、そぅ……? ですわね……」
よくよく考えてみると、騎馬王国では普通のことかもしれない。ヒルデブラントなど、むしろにわかもいいところ。もっとイロイロとキワマッたウマニアたちの巣窟なのだ、騎馬王国は。
「騎馬王国の男の子たちは、小さい頃はみんなそんなこと言ってますの」
あっけらかんと言ってから、小驪は……。
「むしろ、子どもの頃の純粋な気持ちを持ち続けているなんて、ちょっと可愛くて素敵ですの」
などと言いつつ、ポッと頬を赤らめて、体をねじねじしている!
――あ、これ、騎馬王国がどうこうじゃなくって、欠点まで美点に見えてしまうという、恋する人に特有な思考かもしれませんわ。
ミーアのFNYが、アベルの目から見ると、柔らかな包容力に見えちゃったり、海月式背浮きが人魚のごとき優雅な泳ぎに見えちゃったりするアレである。
忠義だけでなく、恋もまた、人の目を曇らせるものなのだ。
まぁ、どうでもいいが……。
「しかし、これもご存じかはわかりませんけど、ヒルデブラントには、好きな方が……」
「はい。火の一族の姫、火慧馬に心を寄せているとお聞きしています、ですの」
今度は一転、覚悟のこもった目で、ミーアのほうを見つめてくる。
「ふむ……それでも、ヒルデブラントの心を奪いたい、と……?」
こくり、っと頷く小驪を見て、ミーアは唸る。
――まぁ、告白を断られておりましたし、慧馬さん的には、むしろ、厄介なのに絡まれなくてラッキーなのかもしれませんわね。
正直、あのヒルデブラントが慧馬のハートを奪えるとも思えないわけで。となると、必然的に問題は……。
――あのヒルデブラントをどうやって振り向かせるか、ですわね……。わかりやすく、慧馬さんと一勝負させてやるのが良いのかもしれませんけど……。
ミーアは改めて、小驪のほうを見て、ううんー、っと唸る。
――こう言ってはなんですけど、小驪さんは、わたくしにも負けた方ですし……。
ミーア的に小驪は、自身と同程度の腕前と見ている。
要するに、大したことはないということだ。
ミーアの自己の乗馬技術に対する評価は低い。ディオン・アライアから逃げ切れない程度のものだし、狼使い火馬駆から逃げるのも難しい。その高みには立てていないという実感がある。
ミーアが掲げる、ギロちんから余裕で逃げ切れる実力という理想までは、まだまだ距離があるのだ。
ともあれ、そんな自分と同程度の小驪が、慧馬に勝てるイメージがいまいち湧かないわけで。
――慧馬さんは、わたくしよりも数段格上の乗り手ですし。慧馬さんの馬である蛍雷と小驪さんの落露が同格の馬であったとしても、速駆け勝負で勝てるかというと……ううむ。
極めて冷静に戦力分析をするミーアである。
――ヒルデブラントさんは、慧馬さんの乗馬の腕前に惚れたと言ってましたし、慧馬さんに勝る乗馬術を見せないとダメですわね。しかし、勝負と聞けば、慧馬さんが手を抜くことはないはずで……。
どうしたもんかなぁ! っと腕組みしつつ、考え込んだミーアだったが、不意に、そこに天啓が降りてきた!
「あ、そうですわ。でしたら……」
そもそもが、勝負でアピールしなければならないと考えている時点で間違いなのだ。小驪が披露すべきは、乗馬の腕前であるはずなのだ。なので……。
――よくよく考えれば、わたくし一人が苦労するのはどうかと思いますし……。うん、これならば……。
頭の中、考えをまとめてから、ミーアはにっこーりと笑みを浮かべて、
「どうかしら? 小驪さん。わたくしと一緒にホースダンスに出てみるというのは……」
「……え?」
思わぬことを言われた、とばかりに小驪は目を瞬かせるのであった。
後に一部地域(主に騎馬王国……ほとんど騎馬王国)で伝説になる二頭の月兎馬による、ホースダンス・デュオへの道が開かれた瞬間であった。




