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第九話 ミーア姫、推理する

 ゆさ、ゆさ……。

 体がゆすられる感触、ミーアは、うぅん、と呻いて、目元をこすった。

 ――夢? なんだか、すごく怖い夢を見たような気がいたしますわ……。

 ミーアは、ゆっくり目を開いて……、目の前に自分をのぞき込む少女の幽霊の顔が見えて……、

「うっ、うーん……」

 再び、かくんっ! と意識を失いかける。でも、

「あの、寝たふりしないでください」

 ――はぇ? い、今、声が……?

 遠慮がちにかけられたその声で、ミーアはかろうじて踏みとどまった。

 それから恐る恐る少女を観察する。

 上目遣いにミーアを見つめている少女、表情に乏しい顔には、けれど、わずかばかり戸惑いの色が見て取れた。

 ――あっ、この子……、幽霊じゃありませんわ。

 ミーアは察した。幽霊は戸惑ったりしない、とミーアの常識が告げていた。

 と同時に手を伸ばし、少女の髪に触れる。そこについた粘り気のある液体……、

――この赤いのは……。

 よく見れば、血というには赤すぎるその液体……それは、

「ああ、なるほど、これは……、白石板に板書するための樹液ですわね」

 そう問うと、少女は小さく首を傾げて、

「ああ、なにかはわかりませんが、容器をひっくり返してしまいました。でも、ちゃんと片づけましたから、心配しないでください」

 生真面目に答えた。

「なるほど、そういうことですのね……」

 つぶやきつつ、ミーアは考える。

 ――まぁ、もちろん幽霊などではなく、普通に人間であることは初めからわかってましたけれど……、ええ、幽霊などいるはずがないと、もちろんわかっておりましたけれど……。はて? では、この子、いったい何者かしら?

 見たところ帝都の新月地区にいてもおかしくはない風貌(ふうぼう)。何日も洗っていないであろうボサボサの髪と、擦り切れたぼろ布のようなワンピース、そこから伸びたやせ細った手足……。

 “食うに困って、学園に忍び込んだ子ども”

 一見すると、そんな印象の少女だが……。

「それで、いったいここには何をしに来ましたの?」

「……これを落としたみたいだったから、届けに」

 そういって、少女が差し出してきたのは、先ほどまでミーアが履いていた室内靴(スリッパ)だった。

「まぁ、わざわざこれを届けに?」

 ミーアが尋ねると、少女は小さく首を振った。

「いえ、それだけじゃありません。お願いがあってきました」

 ――お願い……。食べ物でもわけてほしいのかしら?

 などというミーアの予想をよそに、少女は言った。

「ボクがここにいること、誰にも言わないでください。お願いします」

 そう言って、少女はスッと頭を下げた。それを聞いてミーアは、

 ――ボク……? ははぁん、読めましたわ……!

 しばしの黙考の後、にんまり、と意地の悪い笑みを浮かべた。

 見たところ少女は、貧しさに耐えかねた無辜(むこ)の民といった風情である。

 授業で使う白石板(ホワイトボード)用の樹液を誤って頭から浴びたなどと言って、過剰なほどに哀れな姿をしている……、否! それを装っている!

 けれど、ミーアは知っている。

 ――貧しさに(きゅう)した一般民衆が入って来られるほど、セントノエルの警備は甘くはありませんわ。

 島に踏み入るだけでも一苦労。加えて、学園自体は城といっても過言ではないほどの警備体制を誇っているのだ。

 ――ということは、この子は、厳重な警備をかいくぐってこられる者ということになりますわ。

 しかも、ミーアは気づいていた。少女は自分のことを『ボク』と言っていた。

 どこからどう見ても女の子、なのに、少年のような一人称……、

 ――あわよくば、少年のように振舞おうとしている、身分を偽りたいのですわね。

 そんなことをしてまで、このセントノエルに忍び込まなければならない存在、そして、それを実現させてしまう存在は、一つしか思い当たらなかった。

 すなわち、世界の破壊をもくろむ秘密結社……。

 ――混沌の蛇! その正体、このミーアがしかと見破りましたわ!

 ミーアの推理が冴え渡る!

 ……まぁ、言うまでもないことではあるが、迷推理なのだが……。

 ――ふふん、さっそく、やってきましたのね! ラフィーナさまのところに突き出してやりますわ。

 ミーアは、ふんすっと鼻息を荒くして、少女をにらむ。

 ――さて、正体がわかれば怖くなんかありませんわ。だまされたふりをするのが得策ですわね。

 いかに少女といえど、こうして潜入してきているのだから、強いのかもしれない。

 であれば、だまされたふりをして、逆に騙すのが得策……。

 策士ミーアの脳みそが唸りを上げる!

 罠に溺れなければいいのだが……。

「ボクのこと、秘密にしてたってバレたら、ひどい目に合うって知ってます。でも、どうかお願いします。誰にも言わないで、お願いします」

「ふふふ、ええ、もちろんですわ」

 ミーアは、優しげな笑みを浮かべて言った。

「あなたのこと、秘密にしておいて差し上げますわ」

「……へ?」

 その答えに少女は、驚いた顔をした。

「それよりあなた、もしかして、お腹が空いているんではないかしら?」

 ミーアは机の上に置いてあった小箱を手に取った。

 箱の中身はクッキーだ。

 ミーアの部屋には、いざという時のために非常食(=オヤツ)が備蓄してあるのだ。少なくとも、三日は部屋に籠城(=引きこもり)出来るようになっているのである。

 しかも、そのクッキー、ただのクッキーではない。

 ミーアがアンヌに命じて行った調査の結果、安く入手できるものの中では、最も味が良いと判断したものなのだ。

 ――ふふふ、空腹の時にこれを食べてしまえば、心を奪われざるを得ませんわ。

 そう、腹の中で皮算用をしていたミーアであったが……、少女は小さく首を振った。

「いえ、大丈夫です。減ってません」

「へ? でも……」

「ほんとです。減ってません」

 その少女の言葉を否定するように、きゅるる、という切なげな音が鳴った。

「…………」

 無言で少女の方を見つめるミーア。少女は、表情一つ変えずに、むしろ胸を張った。

「嘘じゃありません。なんでしたら、ボクの尊敬するお祖母(ばあ)さまのお名前に誓います」

 ――まあ、ずいぶんと安いお祖母さまのお名前ですわ!

 ミーアは呆れつつも、クッキーを取り出した。

「別に、遠慮することはございませんわよ? ほら、たっぷりありますし……」

「でも……、食べ物は貴重なはずです……」

 少女は、食い入るようにクッキーを見つめつつ言った。

「……ボクのこと、黙っててもらうだけで、すごく迷惑かけてるし……」

 そう言いつつも、少女の視線はクッキーにくぎ付けだ。

 試しに、ミーアは手に持ったクッキーをスーッと横に動かしてみた。

 すると、それを追うように、少女の顔の向きが変わる。

「…………その上、たっ、食べ物をもらうなんて……」

 ミーアはひょい、っとクッキーを少女の方に投げた。

 少女は、パクっとそれに食いついた!

 もぐもぐ、クッキーを食べてから、彼女は瞳を潤ませて……、

「おっ、美味しい……」

 それから、ミーアの方をじっと見つめて……、

「お姉さまは、慈愛の女神さまかなにかなんですか?」

 鼻をすすりながら言った。

 ――あっ、この子、チョロイですわ。

 ミーアは確信する。それから、愛想の良い笑みを浮かべて、

「たっぷりあるから、遠慮する必要はありませんわ。とりあえず、今はそれしかございませんけれど、明日の朝になったら、なにかお食事を作っていただきますわね。それと……」

 少女の体を眺めまわして、ミーアはうなずいた。

「お風呂が必要ですわね」

 ラフィーナのところに突き出すにしても、こんな汚れたままにはできない。

 ――わたくしでさえ憐れみを覚えてしまう格好ですし……ラフィーナさまも判断を誤られる可能性がございますわ。

 その時だった。部屋のドアが開いた。

「ああ、ミーアさま、よかった、お帰りだったんですね」

 立っていたのは、アンヌだった。ミーアの顔を見て、小さくホッと息を吐く。

 どうやら、ミーアを心配して、探しに出ていたらしい。

「ええ、お手洗いに行っておりましたの。ちょうどいいところに帰ってきましたわね、アンヌ。すまないのだけど、お風呂の準備をしてもらえるかしら?」

「それは構いませんけれど、ミーアさま、その方は……」

 ――はて、なんと答えたものかしら……。

 ミーアは、わずかばかりに悩みつつ、少女の方を見る。と、

「え……、アンヌ、かあ、さま……? それに、いま、ミーアって……え?」

 少女は混乱したように、アンヌの方を見て、それから、ミーアを見つめた。

「えーと……?」

 一方のミーアは、わけもわからず、首を傾げるばかりだった。

ちなみに、一部の愛好家の方には大変申し訳ないのですが、ミーアベルはボクっ子な女の子です。

男の娘ではないのです。

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