第百六十六話 だって自由(にキノコを採れたほうが)楽しいし……
さて……クラリッサがロタリアたちと極めて真面目な対話をしている間に、ミーアはキノコ狩りを満喫していた。心から、満喫していた!
司教茸の大群に突撃していったかと思えば、形の良いものをきっちり厳選して採っていく。
その後、場所を移して新たなるキノコへ。キースウッドの案内は適切で、すぐに次なるキノコが見えてきた。
それは、栗色の傘を持つキノコだった。その内側、中心部分は黒みを帯びており、全体的にしっとりと光沢があった。
「おお、いかにもキノコ、という形をしておりますわね! あれも食べられるんですの?」
そう問うミーアに、キースウッドはしたり顔で首を振り、
「いいえ、出汁としては使えるようですが、キノコ自体は硬くて食べられないらしいですね。肉と一緒に煮込むと実に美味いらしいですよ」
「ほほう……」
口元を拭いつつ、ミーアはギンッとキノコを睨む。
「それは、ぜひとも味わってみたいですわね……。ふむ、しかし、肉の味を上げるキノコとなると……やはり、同じ森で獲ったウサギとか、味が馴染んで良いのではないかしら……?」
この森のウサギたちに、大いなる危機が迫っていた!
美味しいウサギ大鍋のためにも、非常に気合が入るミーアである。
さぁ、採りますわよぉ! っと気合を入れつつ、ふと視線を転じれば、ナホルシアとルスティラが慣れない手つきながら、キノコ狩りに興じているのが見えた。特にナホルシアは興味深そうにキノコを観察し、何事か考えている様子。っと、そこにすかさず、ルードヴィッヒが歩み寄り……何事か話している。
あっ! ナホルシアがこっちを見た!
――ふぅむ、あれは……たぶん、ルードヴィッヒがキノコの有用性を力説してくれているのですわね……。さすがですわ。
キノコの有用性――に加え、民の食料事情を慮る帝国の叡智の慈悲深さ、大いなる素晴らしさまで伝えられているとは夢にも思わないミーアである。
ともあれ、ミーアはルードヴィッヒを援護すべく、ゆったりとした足取りで歩み寄った。
「お二方とも楽しんでいただけているかしら?」
「はい。非常に興味深いですね。森の食べ物といえば森ウサギやサンクランドフォックスをまず思い浮かべてしまいますが……キノコというのは、頭にありませんでした。それに、温室を使って栽培というアイデアも……」
ナホルシアは倒木に視線をやり、目を細める。
「このキノコは、どういう仕組みかはわかりませんが、決まってこの種類の木に生じるものということでしょうか……」
「そのように我が師は分析しているようです。このキノコがついていた木の部分を切り取り、別の部分に移植して……」
ルードヴィッヒの説明を、熱心に聞くナホルシア。
どうやら、キノコ栽培への道は順調に舗装されているようだぞぅ、っと判断するミーアであったが……一方で、ルスティラが、ちょっぴりつまらなそうに手の中のキノコを眺めていた。
「あら、ルスティラさまは、あまり楽しんでおられないみたいですわね」
「ああ、いえ……。そうですね。実は、私はあまりキノコが好きではないので」
渋い顔で言うルスティラに、ミーアは上機嫌に笑った。
「ふっふっふ、では、この後の食事の時間をぜひ楽しみにしていただきたいですわ。キノコは煮て良し、焼いて良し、シチューにしても鍋にしても、食べ応えがあるものですわ。上手く料理すればとっても美味しいのはもちろん、それがご自分の手で収穫したものであれば、それはもう格別ですわ。本当でしたら、わたくしが自分でお料理して差し上げたいところですけど……」
……ちなみに、ミーアが料理した場合、一つの大きな問題があった。
すなわち、キノコ自体の味の問題か、それとも、ミーアの料理の腕前の問題か、失敗の原因がわからなくなってしまう点である。
だが、幸いなことに、今回のキノコ狩り&キノコ食事会に関してはその心配はない。調理はオリエンス家の料理人たちが担当することに決まっているからだ。
ミーアたち、生徒会料理部の出番は――ない! キースウッドがすでに、その道は塞いでいるのだ! 抜かりはない!
「いずれにせよ、今は美味しいキノコをたっぷり採ることを楽しんでいただきたいですわ」
ほくほく顔でそう言って、ミーアは颯爽とキノコ狩りに戻っていく。
――ああ、素晴らしい時間ですわ……。自由気ままにキノコを収穫できるのが、これほど気分の良いものだなんて、思いもしませんでしたわ。
ニッコニコしながらキノコをむしっていると、ざく、ざくっと足音を立てて、誰かが背後に立つのがわかった。
振り返ると、そこにいたのは、オリエンス家の姉姫、イスカーシャだった。
「ミーア姫殿下、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「あら……、イスカーシャさん、なにかしら?」
キノコを両手に立ち上がる。っと、イスカーシャは真剣な表情のまま、ミーアを見つめて……。
「先ほど、おっしゃっておいででしたね。知識は、我らを自由にする、と」
「え? ああ……聞こえておりましたのね。ふふふ、お恥ずかしいことですわ」
どうやら、考えていたことが、うっかり口から洩れていたらしい。
――キノコの知識はわたくしたちを自由にする……。聞かれていたとは迂闊でしたわ。ふふふ、変なことを口走っていなくて良かったですわ……。
っと思うミーアに、イスカーシャは生真面目な顔のまま言った。
「しかし……自由とは、それほど良いものなのでしょうか……?」
「うん? それは、どういう意味ですの?」
「自由にしてくれるから、知識は良いものだ、という理屈は、自由が良いものであるという前提の理屈です。でも、自由とはそこまで好ましいものでしょうか? なぜ、自由でなければいけないのでしょうか?」
「あら、だって……」
好き勝手にキノコをむしりたいじゃない? 自由気ままにキノコ狩りをしたいじゃない?
そんな言葉を行間に込めて……、ミーアは悪戯っぽく笑みを浮かべて……。
「そのほうが楽しいでしょう?」
そう、絶対にそのほうが楽しい。美味しそうなキノコや、光るキノコ、変わった形のキノコを自由に狩れたら、きっとすごぅく楽しいに違いない! そんな思いから言ってしまったミーアであるが……。口にした直後、気付く。
イスカーシャが、怪訝そうな顔をしていることに。
――あっ! まずいですわ。楽しい、というのは、あまりにも自分本位に過ぎますわ!
ミーア、咄嗟に軌道修正を計り……。
「それに、その……みなさんの笑顔も見られますし……」
自分だけじゃなくって、みんなもキノコ狩り楽しんでるでしょう? 全然、自分のためだけじゃないんですよぅ! っとアピールするのだった。




