第百六十四話 キノコは……わたくしたちを自由にする……真理……
地図に従い、ベル探検隊……じゃなく、ミーアキノコ狩りツアーの一行は進んでいった。
生繁る木々、薄暗い獣道に薄っすらと積もった雪、それをザクザク踏み鳴らし、ずんずんと進んでいくベル、その背中を追いつつ、ミーアは考えていた。
――キノコ狩りをみなで楽しむことも大切ですけれど、クラリッサお義姉さまとロタリアさんの親睦を深めることが最も重要ですわ。なんとか、わたくしが間を取り持たなければなりませんわね。
そう、今回の目的はキノコ温室と、クラリッサ王女をオリエンス家の面々に紹介することだ。特にロタリアとは、しっかりと話をして、互いの人となりを知ってもらう必要がある。
詳しい学園構想に関しては、落ち着いた場でするにしても、会話して、仲良くなってもらわなければならない。
ミーアは素早く視線を巡らし、クラリッサのところに歩み寄る。
「クラリッサお義姉さまは、キノコ狩りは初めてですの?」
「ええ。経験はありません。料理に使ったことはありますが……」
「まぁ! そうなんですのね。ふふふ、それでは採ったキノコを一緒にお料理いたしましょうか」
まるで、さも“料理ができる人の口調”でそう言うと、ミーアはオリエンス家の令嬢たちに目をやる。
「イスカーシャさんとロタリアさんは、いかがかしら? こんな近くに森があるのですし、キノコ狩りのご経験があるのでは?」
当然あるよね? という口調で話しかければ……。
「私たちもありませんね。狩りに来ることはあるのですが……」
イスカーシャが生真面目な顔で答えた。
「ああ、そう言えば、お二方は、弓をお使いになられるのだとお聞きしましたが、どんなものを狩られるのですか?」
ミーアのフォローが功を奏したのか、クラリッサが自然な感じで話に乗ってくる。
「そうですね、ウサギや鹿が多いかと思います」
「まぁ……。ウサギは小さいから狙うのが難しそうですね」
興味深げに言うクラリッサに、ロタリアが小さく笑みを返す。
「鍛練次第では、そう難しくはありません。クラリッサ王女殿下は弓のほうは……」
「いえ。護身術として剣術を少し嗜む程度で……」
少し……すこ、し? などと小首を傾げつつ、高貴なるご令嬢たちの狩-ルズトークに耳を傾けるミーアである。
――ふふふ、なかなか良い雰囲気ですわね。しかし、ウサギ……あのウサギ鍋がちょっぴり懐かしくなりますわね……。今夜の晩餐会はキノコ鍋にするのはもちろんですけど、一緒にウサギのお肉をいただくのもよろしいのではないかしら? でも、寒いからウサギを見つけるのは難しいか……。
そうして、小さく唸るのはミーア……のお腹だった。空腹に囚われたミーアに見つかってしまう不幸なウサギがいないことを祈るばかりである。
そうこうしている内に、地図の一つ目の目的地、キノコの群生地に辿り着いた。
そこには、幻想的な光景が広がっていた。
薄っすら積もった雪から顔を出す無骨な黒い倒木。ゴツゴツとした木の幹から白いフサフサした丸い塊が垂れ下がっていた。よく見ると、林立する木々にも、そのフサフサがくっついていた。
そして、それ以外には、キノコらしいキノコは見当たらなかった。
「あれは……キノコ……なんですの?」
ミーアは思わず眉をひそめる。キースウッドのほうに目をやれば、彼はしたり顔で……。
「ええ。あの白いフワフワしたものは司教茸と言います。司教の身に付ける法衣に似た形だからそう呼ぶとか……」
「ほほう、もちろん食べられますのよね?」
「ええ。澄んだ白のほうが味が良いようです。よく液体を吸い込むということで、鍋料理に使うと、良い味になるとか……」
ニッコリと、機嫌良さそうに微笑むキースウッドである。
なにしろ、司教茸は、他と見まごうことのない形をしている。いかにミーアや一部のご令嬢たちがアレな感じでも、間違えることはないだろう。
一方で、安全なキノコだとわかったミーアは、俄然やる気を燃やした。
目の前に広がるは、まさに白い宝の山だ! キノコ採り放題という状況が、ミーアを高揚させた。
「さぁ、それでは、みなさま、どんどん狩りますわよ、キノコを!」
キノコハンター・ミーアは意気揚々と出撃していった!
辺りを見渡しながら、むし、むしっとキノコを籠に入れていく。
ふと、視線を転じれば、クラリッサが恐々といった感じで白いフワフワを採っていた。ロタリアやイスカーシャも慣れない手つきで、キノコをむしっている。
キノコ嫌いっぽかったルスティラも、せっかくだから、ということで、娘であるナホルシアと共にキノコを採っていた。
みなの心が『キノコを採る』という一事に、一致している、楽しい……実に楽しい時間だった!
「ふふふ、さすがはキースウッドさんですわね。ここのキノコが安全だという知識があればこそ、このように楽しく自由にできるのですわね」
ミーアは、自らが誤解していたことを反省した。
キースウッドが作ったキノコ地図は、キノコ狩りを狭い枠へと押し込め、自由の幅を狭めるものかと思ったのだ。
だが……違った。
安全であるという知識があるからこそ、こうして自由に、好き勝手にキノコをむしることができるのだ。
――キノコの知識は、わたくしたちを自由にする、ということですわね。真理ですわ。
感銘のあまり、内心でつぶやくミーア。その口から、勢い余って、ちょおっぴりだけ、つぶやきの一部が漏れていることに気付かぬミーアであった。
司教茸→ヤマブシダケというのがモデルですね




