第百六十三話 でも、光ってるし……
オリエンス大公領、領都サリーデル近くにある森。
高い木々に覆われた薄暗い森は、まさに、宝の山といった様相を呈していた。
キースウッドらの作り上げた力作の『宝キノコの地図』に従い、森の中に分け入ったミーアたち一行。
「クラリッサお……うじょ殿下、それにオリエンス家のみなさまも、木の根が張っているところがございますから、足元に気を付けてくださいまし」
ナニカの熟練のような口調で注意を促すミーア。それを聞いて、ディオンが、やれやれ、という顔をしているが……そんなのは気にせず、ずんずん進んでいくミーアである。
さて、最初のキノコの狩場まで向かう最中……ミーアの目があるものを捉えた。
「おっ! あれは……」
地図の道から外れた場所、大木の倒れた根元に、世にも珍しい黄色いキノコが生えていた。
にょきにょきにょっきと地面から顔を出すキノコに誘われるように、ミーアがふらふらーっと歩き出そうとした刹那……シュシュっと近づいてきたキースウッドがぼそりとつぶやく。
「……キノコ温室」
その言葉に、ミーア、グッと踏みとどまる。
「キースウッド殿、キノコの温室とは、例の……?」
ルードヴィッヒの問いかけに、キースウッドはしかつめらしい顔で頷いて……。
「はい。サンクランド式温室でキノコの栽培をするために、今回のキノコ狩りをアピールの場にしようとお考えのようで……」
「なるほど。食用キノコを安定的に栽培できれば、民草の食料事情の改善にも役立てられる。では、キースウッド殿はその実現のために、これだけの準備を整えられたと……?」
「ハハハ。日が少なかったので、少々苦労しましたが……サンクランドとティアムーン、レムノ……それに、この大陸すべての国のためですから……」
軽い口調から一転、やたらと実感のこもった口調で言った。
それから、ルードヴィッヒのほうに改めて視線を向けて、
「万に一つも毒キノコが混じらないとも限りません。どうか、ルードヴィッヒ殿のほうでも注意していていただきたいのですが……」
そう言うと、ルードヴィッヒはきょとん、と首を傾げて……。
「ミーア姫殿下がいらっしゃいますから、そこまでの警戒は必要ないかと思いますが……」
キースウッド……なにか言いたげに口をパクパクさせてから……グッと呑み込み……。
「キノコは、毒のあるものとないものとが非常に見分けがつきづらい。油断は、禁物ですよ」
「ふふふ、キースウッドさん、大丈夫ですわ。わたくしのほうでも注意しておきますから」
なぁんて、偉そうに、キノコのベテランみたいな顔で言うミーアだったが……、次の瞬間、なにかを見つけたのか、ハッとした顔で走り出そうとする。
「ミーア姫殿下、どちらへ?」
「あそこですわ。ほら、あの木の根元、キノコがございましたわ!」
そこには、なんというか、こう……人の顔ぐらいの大きさの、ぼんやり光るキノコがあった。
が、そんな世にも珍しいキノコを見てもキースウッドは落ち着き払っていた。
恐らく、下見の時に発見していたのだろう。
澄まし顔のまま、キースウッドは答える。
「ミーア姫殿下、キノコ温室……」
「でも、光っておりますわよ!?」
だからなんだよ! っと言いたげな顔を一瞬するキースウッドであったが、それをグッと呑み込む。っていうか、あれキノコか? そもそもキノコって光るのか!? という根源的なツッコミも呑み込む。
っていうか、オリエンス領の森、やたらといろんなキノコがありやがるなっ! っというオリエンス領へのクレームも口にすることはない。ただ、ひどく穏やかな口調で……。
「キノコ温室の普及こそが大義。しかも、今回はクラリッサ姫殿下とオリエンス家の方々との親睦もはからねばならないのでは……?」
ド正論をぶつけていく! ミーアは、一瞬、名残惜しそうに、光るキノコに目をやってから……。
「ふぅむ……まぁ、それもそうですわね。仕方ありませんわ。それでは、クラリッサお義姉さまのほうに行こうかしら……」
しなしなー、っと浜に打ち上げられた海月のごとく、微妙にやる気を失いつつも、クラリッサたちのほうに向かっていくミーアであった。
一方、その頃、冒険姫のほうは、というと……。
「あ、リーナちゃん。あの茂みの向こう側、なんか、ちょっと気になりませんか?」
っと駆けだそうとするベルだったが……。
「ベルさま……それはいけません」
地図を片手に、令嬢たちのそばに歩み寄ったのは、ランプロン伯の警備隊長、コネリーだった。今回、キースウッドからの要請を受けて、一時的に、ティアムーン帝国の要人たちの警護についているのだが……。
彼は、いかにも気苦労の多そうな顔にしかつめらしい表情を浮かべて……。
「こういった冒険は、まず地図の通りに進まなければなりません。もしも宝の地図があったして、目の前の気になったことにいちいち突撃しては、本来の目的を見失います。冒険をするのであれば、その目的を忘れてはいけないのです」
その芯を食った冒険の心得に、ベルは、グッとその場で踏みとどまり……。
「確かに……コネリーさんのおっしゃることには、聞くべき点があるようです。わかりました。今は、地図の場所を目指すことを優先しましょう」
決意のこもった顔で頷くのだった。




