第百六十二話 キースウッド、戦略的勝利を収める……。おさめ、る? ……しょう……り?
「ミーアお姉さま、ほら、見てください。これ、すごい、すごい! 宝の地図みたいですよ」
上機嫌に声を上げるベルに、キースウッドがニコニコしながら言う。
「ええ。キノコは宝のようなもの、ということで、このような地図を用意させていただきました」
言いつつ、チラリとミーアのほうに目を向ける。
キノコ好きのミーアに対するお追従にも余念がない、熟練の従者キースウッドである。
対して、ミーアはそれを聞き……ちょっぴり不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
――地図……ということは、そこに行くとどんなキノコが採れるのか、大体把握しているというわけですわね。ううむ……。
せっかくキノコ狩りに行くというのに、それはつまらないのではなかろうか……? とついつい思ってしまうミーアである。
前人未到のキノコに出逢いたい……サンクランドで見たことのないキノコを見つけたい……オリエンス大公領の空気にあてられて、すっかり研究者&開拓者マインドに目覚めつつあるミーアなのである! やばいのである!
そんなミーアの様子に気付いたのか、キースウッドがシュシュっと近づいてきて……。
「ミーア姫殿下は、このキノコ狩り会について、どのような意義がおありとお思いですか?」
「それは、無論、クラリッサお……うじょ殿下とオリエンス大公家の方たちとの仲を深めるためのもの、だからこそ、未知なるキノコを発見したりして楽しい雰囲気を……」
「それだけ……ですか?」
「え……?」
その、達人のごとき切り替えしに、ミーアは、帝国の叡智らしくもなくたじろいだ。いや、まぁ、ミーアが帝国の叡智らしくないのはいつものことなので、さほど驚くことでもないかもしれないが。
不意にできた間隙に、キースウッドがすかさず踏み込んでくる!
「オリエンス大公家の方たちは、キノコには疎いご様子。そんなあの方たちに、サンクランド式温室を使ったキノコ栽培の可能性を示す……。そこにこそ、ミーア姫殿下は意義を見出しているのではないのですか!?」
「む……それは……」
熱のこもった言葉に、ミーアは言葉を呑み込む。
そういえば……そんなこと言ってたかなぁ? と思い出すミーアに、キースウッドは力説する!
「サンクランド式温室で、いつでもキノコを食べられる体制を整える……。そのために、今回は安心、安全に食べられるキノコの有用性に絞って、見せることが必要なのではありませんか?」
「なるほど……。それは大いに意義があることかもしれませんわね」
冒険姫の心に浸食されつつあったミーアは、すぐに、キノコ姫のマインドを取り戻した。
――確かに、サンクランド式温室を使った安定したキノコ栽培は魅力的ですわ。美味しいキノコがいつでも食べられる、これは食卓の質を向上させますし、民衆の心の平穏にも繋がるはず。
民を安んじて治めるためには、毎回の美味しい食事が重要であると考えるミーアである。
腹が立つという言葉もあるとおり、人間は『腹』が減るからイライラするのだ。食事が美味しくなくて、腹が満足していないから、革命に立ったりするのだ! 美味しい食事でお腹が満ちていれば、座ったまま立とうとなんか思わないし、仮に怒りがあったとしても、まぁいいかー、と思えてしまうものなのだ。
ゆえに、ミーアは食事の質の向上を重視するのだ。
毎日、いろいろな美味しいキノコを食べられる、革命回避のための、実に重要な要素ではないだろうか?
「そのためのキノコ狩り……そう考えれば、効率的に美味しいキノコのところだけを巡るというのも意味がありますわ。その環境をナホルシアさまに見ていただいて、それがサンクランド式温室で可能な環境か、検討していただくわけですわね」
キースウッドの言葉をじっくり吟味してから、ミーアは一つ頷いた。
「……キースウッドさんの言っていることには、大いに聞くべき点がありますわ」
そんなミーアを見たキースウッドが、ぽつり、と、
「なるほど……相手を喜ばせつつ、こちらの思惑通りに動かす……。これが戦略というものか」
とかつぶやいていたが、幸いなことにミーアの耳には届かなかった。
「確かに、わたくしは焦り過ぎておりましたわね。よくよく考えると、未知なるキノコを探すのは、別に今日である必要はございませんわ。やはり、わたくしのような専門家を集めて行ったほうが効率的でしょうし」
深い納得を胸に、ミーアはキースウッドのほうに目を向ける。
「前人未到のキノコ探しは日を改めることにいたしますわ。あ、もちろん、探しに行く際には、キースウッドさんにも、忘れずにお声がけいたしますわ」
「ハハハ……。あ、ああ、それならば、忘れずにサフィアス殿もお誘いしてください」
「あら? サフィアスさん、ですの? なぜですの……?」
きょとん、と小首を傾げるミーアに、キースウッドは薄っすら視線を逸らして……。
「さ、サフィアス殿を仲間外れにするのは、可哀想ですしね……ハハハハ……。あ、私が参加できない時には、私の代わりに、ぜひ、サフィアス殿に声をかけて差し上げてください」
「ふふふ、わかりましたわ。あなたがそう言うのでしたら……。でも」
とそこで、ミーアは優しい、慈愛に満ちた笑みを浮かべて……。
「できるだけ、あなたもお呼びできるように調整いたしますわ。だって、こんなにも情熱を持って準備をしてくださる方を仲間外れにするなんて、そんなことできませんもの」
ミーアの温かな……実に思いやりに溢れた言葉を受けて、キースウッドは軽く上を向いて……目尻を押さえる。
「……ええ、まぁ、それならば、はい。そうしてください。うん……」
ミーアの思いやりに刺されて、感涙を禁じ得ないキースウッドなのであった。




