第百五十九話 ミーア姫は柔軟に腹芸をこなす
「失礼いたします。ミーアさま。お茶のご用意が……あっ……」
戻ってきたアンヌは、ミーアの顔を見てニッコリ笑みを浮かべて、
「ふふふ、よくお似合いですよ、ミーアさま」
一目見て何があったのかを察したのだろう。優しい笑みを浮かべるアンヌに、ミーアもご満悦だ。
「それでは、クラリッサお義姉さまをお呼びしましょうか。お話はお茶をしながら、ということで……」
ということで、クラリッサを交えてのお茶会が始まった。
ミーアは、アンヌが用意してくれた紅茶を舌の上で転がす。いささか、甘味が控え目な気もするが……今のミーアには気にならなかった。
先ほどの、アベルとのあまぁいイベントが、ミーアの幸せ回路を満たしていたからだ。
「クラリッサ王女殿下、ご機嫌麗しゅう。突然、お呼びしてしまい申し訳ありませんでしたわ」
本来、別にクラリッサのことは呼んでない……というか、アベルに出した手紙についても、特に深い意味はなかったわけだが……。
そんなことをおくびにも出さずに隠し通す。腹芸を極めたミーアのお腹はたいそう柔軟にできているのだ。
そんなミーアにクラリッサは控えめな笑みを浮かべて、
「いえ、レムノ王国のためにお骨折りいただいているのです。いつでも、どこへなりともお呼びください。私の力が必要とあらばいつでも……」
クラリッサの言葉を『私の武力が必要とあらば……』と翻訳したミーアは、さて、クラリッサの武の力で押し切らねばならぬ場面が来るだろうか、とちょっぴり不安になりつつも……。
――それにしましても、なんだか、クラリッサお義姉さま、以前より堂々としているように見えますわね。
つい先ほど、ナホルシアと挨拶する際にも、まったく隙の無い武人のごとき立ち居振る舞いを披露していた。
まぁ、ごときというか、ミーアの中ではクラリッサ王女は紛れもない武人ではあるが……。それはさておき。
「まして、女学園の教師を務めていただける方がいらっしゃるならば、私が行かないわけにはまいりませんから」
「確かに、直接、クラリッサ王女殿下にお話しいただくのが一番と思いましたけど……それにしても、教師探しは難航しているのかしら?」
言いつつ、ミーアはチラリとアベルのほうに目をやる。アベルは小さく頷き、
「君の人脈には、大変、お世話になっている。現在、シャローク殿やルシーナ司教にお力添えをいただいてね、ミラナダ王国やセントバレーヌで引き受けてもらえる人はいないか探しているところだ。幸運なことに何人か候補は見つかっているが……」
「中心を担っていただけるような方は、なかなかいない、と。そういうことですわね」
ミーアの問いかけに、クラリッサが困り顔で頷く。
「了承いただけそうな方は、平民出身や下級貴族の方が多いのです。一般の教師として勤めていただくのは、もちろんお願いしたいのですけど……」
――力不足ではなくとも、権威不足といったところかしら。やはりレムノ王国の貴族が横槍を入れてきづらい、しっかりとした後ろ盾を持った者が必要である、ということですわね。
大国ティアムーン帝国であれば、実家が伯爵以上ならば問題ないだろう。侯爵や星持ち公爵家であればいうことはない。そして、同じく大国のサンクランドの、オリエンス大公家であれば、言うことはないわけで……。
――ふぅむ……エメラルダさんの見立ては、なかなかにお見事ですわね。
ナホルシアやルスティラとも会話してみて、改めて思う。
もしも、オリエンス家の娘が、レムノ王国の女性たちのために教育に従事するとなれば、オリエンス家は全力で協力してくれるだろう。
さらに、イスカーシャではなく、ロタリアに目を付けたのも慧眼と言えるだろう。
長女たるイスカーシャは大公家を継がなければならないのはもちろんだが、その天才ぶりは家人も認めるところのようだった。裏を返せば、イスカーシャは一人でも、教師として上手く立ち回れるだろうし、オリエンス家でもそう評価するだろう。
けれど、今回の場合は、オリエンス家の全面的な支援という、目に見える後ろ盾が必要な状況だ。次女のロタリアのほうが、ナホルシア、セドリック、ルスティラ、それに姉であるイスカーシャの助けを受けやすいだろうし、ロタリア本人も助けを求めることに躊躇がないだろう。
――最適の人材と言えますけど、問題はやはりご本人のやる気ですわね。
昨日の時点では、あまりその気になっていないようだったが、上手く説得できるかどうか……。
ミーアは小さく息を吐いてから、クラリッサに視線を移す。
「わたくしの信頼するグリーンムーン公爵令嬢曰く、このオリエンス大公家の次女、ロタリアさんは、レムノ王国の教師として得難い資質を兼ね備えた方だということですわ。わたくし自身も、直接お話ししてみて、その評価が間違いないことを確認いたしましたわ。ロタリアさんを、自信を持って推薦したいですわ」
とりあえずは、全員、キノコ狩りに巻き込んじまえば大丈夫だろう、とは思うものの、説得のためにはクラリッサの言葉も重要。ということで、クラリッサにやる気を出してもらうために、ロタリアの評価を盛りにかかるミーアであった。




