第百五十七話 魔法のドレスに身を包み
さて、アベルたちが到着したのは、翌日のことだった。
朝の健康体操を念入りにやって(なぜかはわからないが、アンヌがすごく気合が入っていた。自分だけでやるのはシャクだから、もちろん、ベルとシュトリナも巻き込んだ!)それから、朝の湯浴みをして、すっきりした気分でドレスに着替える。
「ふっふっふ、今日はアベルが到着する予定ですし、きっちりオシャレをしないといけませんわね。頼みましたわよ、アンヌ」
「はい。かしこまりました、ミーアさま」
アンヌは真剣な顔でドレスを選び、ミーアに着せていく……がっ!
「……ふむ?」
その途中、ミーアは眉をひそめた。
――これは、妙ですわね、ちょっぴりお腹が苦しい……ような? 不可思議な現象ですわ。縮んだのかしら……服が。
っと、小首を傾げたミーアの仕草に、すかさずアンヌはハッとして……。
「ミーアさま……服を変えましょう!」
忠義のメイドの刹那の判断。そうして彼女が取り出したのは……紫色のドレスだった。
そうなのだ……いざという時のために、忠義の専属メイド、アンヌは用意しているのだ。
ちょっぴり緩めに作られた紫色の魔法のドレスを!
ミーアが、ちょっぴり食べ過ぎて、ちょっぴりお腹が苦しくなって、ちょっぴりFNYっとしちゃったかも……? という時のための緊急用ドレスである。
「本日はアベル殿下とお会いになられるのですし、少し気合が入ったものにするのがよろしいのではないかと思います」
そう言いつつ、手早くドレスを着せていく。ミーアは鏡を確認し、
「ふふふ、確かに素敵な色ですわね。さすがですわ、アンヌ」
「それとミーアさま、本日のお食事、デザートを少し控え目にしたほうがよろしいかもしれません」
「まぁ、それは……」
と、軽くお腹をさすったミーアは、FNYっと感を確認し……再び、ふむっと頷く。
「確かに、昨日は少しばかり食べ過ぎたかもしれませんわね。ええ、わかりましたわ」
「それと、せっかくですし、アベル王子と練馬場で乗馬デートをなさってはいかがでしょうか?」
「まっ! 乗馬デート? ふふふ、そうですわね。それもよろしいですわね」
なぁんて、減らした甘いデザートの代わりに、あまぁい妄想を楽しんでいると……。
「失礼いたします。ミーアさま。アベル王子のご一行が到着されたようです」
ノックとともにルードヴィッヒがやってきた。
「ああ、アベルが来ましたのね」
ミーアは今一度、自らの格好を確認して、アンヌのほうを振り返る。アンヌが力強く頷くのを見てから、足取り軽くオリエンス邸の入口へと向かった。
「あっ、いましたわ!」
前庭に走り出たところで、ちょうど、アベルが馬車から降りてくるのが見えた。
クラリッサと共にこちらに歩いてきたアベルは、ミーアのほうを見ると、ニッコリと穏やかな笑みを浮かべてくれた。
――まぁ! アベル、素敵な笑顔……うふふふ、こう、目と目で語り合うみたいなの、すごくいいですわね! うん、いいですわ!
思わず、ほわぁっとなってしまうミーアである。
「ようこそ、サンクランドへ。歓迎いたしますわ」
屋敷から出てきたナホルシアが堂々たる振る舞いで声をかける。
「お出迎えに感謝申し上げます。お初にお目にかかります。レムノ王国第二王女、クラリッサ・レムノと申します」
すっと背筋を伸ばした姿勢で、クラリッサが言った。
凛としたたたずまい、その美しい足取りは、さながら武人のごとく洗練されたものであった。
――いや、武人のごとくというか……、実際にクラリッサ姫殿下は剛の者でしたわね。
神聖図書館の地下で見たあの衝撃的な光景……相手の得物を奪い、それを使って相手を叩き伏せた見事な技を思い出しながら……。
――しかし、重たいディオンさんの剣を難なく振り回しておりましたし、クラリッサ姫殿下も意外と筋肉質なのかしら……。こうして見ると、細見に見えますけれど……ふむ。ドレスの構造によっては太いものを細く見せることもできるのですわね。魔法のドレスみたいですわ。
現在、ちょうど魔法のドレスを身に付けているミーアは、そんなことを思うのであった。
「よろしくお願いいたします、クラリッサ姫殿下。私は、ナホルシア・ソール・オリエンスと申します。オリエンス大公家の当主を務めております。どうぞ、当家にてごゆるりとおくつろぎください」
それから、ナホルシアはクラリッサから一歩引いた位置にいるアベルに目をやった。
「ご機嫌麗しゅう、オリエンス女大公。私はレムノ王国第二王子、アベル・レムノと申します。以後、お見知りおきを……」
「ご機嫌よう、アベル殿下。ご勇名はかねがね。シオン殿下をも凌ぐ剣の腕前をお持ちとか……」
言われたアベルは、苦笑いを浮かべて……。
「過分な評価、痛み入ります。ただ、我が友シオン王子の名誉のために補足させていただけるなら、彼とは剣の腕を高め合い、切磋琢磨する仲。時に勝つこともあれば、負けることもある。そのような関係です」
「そうだな。勝率は俺が七割、君が三割といったところだったかな?」
冗談めかした口調で言いながら、シオンが歩み寄ってきた。そのままアベルのところまで来て、二人は固い握手を交わした。
「それは言い過ぎだな。僕が六割、君が四割ぐらいかと思ったが……」
「はは、元気そうで何よりだ、アベル」
そうして、ニヤリと少年のような、悪い笑みを交わすイケメン王子たちを見て、ほわぁっと声を上げたのはベル…………とイスカーシャだった。
――ふむ、イスカーシャさんも意外とミーハーなのかもしれませんわね……。
と分析しつつ、アベルにちょっかいかけてこないか、ちょっぴり心配になってしまう乙女なミーアなのであった。




