第百五十六話 後の世の王立キノコ学会である
「みなで、キノコ狩りに行くというのは、いかがかしら?」
何気ない帝国の叡智の一言に、それまでニコニコしながら話を聞いていたキースウッドに、緊張、走る!
――くっ、このまま何事もなく終わることはないと思っていたが……ここで来るのか!
ぐっと奥歯を噛みしめて、強大な敵を迎え撃つ覚悟を決める!
事前にモニカと連絡を取り、オリエンス領にいた元風鴉の者たちの中で、信用できそうな者たちにも動いてもらっている。
公都近くの森にあるキノコの種類はおおむね把握できていると言えるが……。
――問題は、見分けがつきづらいキノコだろう。
基本的に、帝国の叡智の料理スキル、並びにキノコ知識に関してはまったく信用していないキースウッドではあるのだが、さすがに、火蜥蜴茸のように、いかにも見た目からしてアウトみたいなものにミーアが手を出すとは思っていない。
あんな、赤くて、毒々しくて、これは触っただけでもダメだろう……みたいな毒キノコに、誰が好き好んで手を伸ばすだろう? 仮に興味を持ったとして、不用意に手を伸ばしたりするだろうか? 帝国の叡智と呼ばれ、今、オリエンス家の面々に堂々たる言葉を投げかけている賢者が、まさかそんなことをするはずもなし!
さすがにそれは、いくらなんでも非現実的な思考と言わざるを得ないわけで……。
――こういう時は、全てに対応しようとしても失敗する。見分けがつきづらいものに絞って戦力を集中的に投入すべきだろうな。それに、俺一人であのお嬢さま方の全員を抑えるのは、さすがに不可能だろう。協力者が必要だ。
ミーアだけではない。その専属メイドのアンヌや、サンクランドの将来の王妃とその従者に対しても、キースウッドの信用は……低い! 過去の料理教室でいろいろあったので……。
では、ベルやシュトリナが信用できるか? と言われるとそれも難しい。
――いや、イエロームーン公爵令嬢については、この際、力を借りるしかないだろう。お付きのメイドのリンシャ嬢も元貴族令嬢とはいえ、平民として生活していたなら、多少は料理もできるはず。キノコの目利きは難しいかもしれないが、常識が期待できるだろう。
常識が期待できなさそうな平民、クロエ・フォークロード嬢のかつての振る舞いからはそっと目を逸らし、キースウッドは考える。
――オリエンス領の森に、ある程度詳しい人間の協力も必要だな。モニカ嬢に紹介してもらった者にも助けてもらうとして、あとは……。
チラっと目を向けた先、少し離れた場所で主を守らんとしている男の姿が見えた。主、すなわち、ランプロン伯を守ろうとする忠義の人、警備隊長コネリーの姿を。
――確かコネリー殿は、イエロームーン公爵令嬢やベル嬢とも関係が深かったはず。であれば協力を求めるのに最適な人だろう。
そっとシオンのそばから離れ、コネリーに歩み寄る。
「コネリー殿、少々、よろしいだろうか?」
「おや、キースウッド殿。なにか?」
伯爵家の警備を一手に担う苦労人は、なにか感じ取ったのか、キースウッドの顔を見て不安そうな顔をする。
「いえ、ミーア姫殿下がご提案のキノコ狩りなのだが、万に一つも毒キノコが混じっては一大事と思いまして……」
「ああ、なるほど。それは確かにそうですが……それで?」
「キノコ狩りに先行して、危険そうなキノコを避けるコースを決めておくというのはどうかと思いまして。ランプロン伯やオリエンス家の方たちにも協力していただいて、ぜひ、安心安全なキノコ狩りを実施できればと思うのですが……」
「なるほど。確かに……。森に狩猟に行く際にも、事前に私兵団を派遣して、危険があるかを調べますが……。そんな形でしょうか?」
「そうです。オリエンス領の森なので、好き勝手にというわけにはいかないですが……」
「わかりました。オリエンス大公家の衛兵に何人か顔が利くものがいますから、話を通してみましょう」
「よろしくお願いいたします。それと、もしもキノコに詳しい方がいれば、ぜひとも同行をお願いしたいのですが……」
「そちらも手配してみましょう。ミーア姫殿下のお連れのお嬢さま方は、油断がなりませんからな」
チラリ、と……ダレカさんに目を向け、苦笑いを浮かべるコネリー氏に、キースウッドは深々と頭を下げるのだった。
こうして、サンクランドの精鋭たちは動き出した。
公都にいたキノコに詳しい者たち、地元の森に詳しい者たちに加え、元風鴉の者たちも含め、急ピッチで準備は進められていった。
……後の世に名高い『サンクランド王立キノコ学会』の、礎となった者たちだった。
サンクランド国内のみならず、周辺国にも調査の手を伸ばし、数多の食用キノコを発見、食文化の発展に多大な功績を残した彼らは、後に叙勲を受けることになる。
天秤王シオンから勲章を授与される際、非常に嬉しそうな笑みを浮かべるコネリー氏と、いささか苦笑いを湛えたキースウッド氏の対比が印象的であったという。




