第百五十四話 みなの心を一つにするために
「さらに、中央正教会、並びにヴェールガ公国からも圧力をかけてもらえれば……」
中央正教会は、民の一人一人が自分で神聖典を読めるよう、長い歴史の中で識字教育に力を入れていた。帝国の新月地区がまだ貧しかった頃であっても、教会孤児院では読み書きを教えていたのだ。
民草ならばまだしも、貴族の令嬢でさえ教育を受けられていない状況を、中央正教会が看過し続けているとも思えない。
「なるほど。以前からヴェールガ公国のプレッシャーを受けていたとするならば、渡りに船と乗ってくる貴族は少なからずいるかもしれませんね……。国王もその声を封殺することはできない……と」
イスカーシャが、むむむっと眉間に皺を寄せていた。
基本的に、ロタリアをレムノ王国に行かせるのは反対なのだろうが……ルードヴィッヒの考えに、一定の理を見てしまったのだろう。全力で反対するようなことはなかった。すごく悩ましそうだが……。
一方でセドリックのほうは……やぁっぱり、ものすごぅく嫌そうな顔をしていた! していた……けれど、口を開くことはなかった。その視線が向かう先、そこには娘の姿があって……。
「ロタリア、あなたは、どうしたいのですか?」
まるで、その場のみなを代表するかのように、問いかけたのはナホルシアだった。その視線を受けて、ロタリアが驚愕の表情を浮かべた。
「え……?」
「ルードヴィッヒ殿の言われたことは正しいと私は考えます。確かに、あなたがクラリッサ王女殿下に協力することは不可能ではない。それに、正義に適ったことでもあると言える。けれど……あなた自身の考えは、どうなのかしら?」
「私……」
母の問いかけに、ロタリアが戸惑うように視線を惑わせる。
「ミーア姫殿下が、このオリエンス大公家に……他ならぬロタリア、あなたに……このお話を持ってきた。その意味を考えないわけにはいかないでしょう?」
真っ直ぐにロタリアの目を見つめながら、ナホルシアが言う。
「ミーア姫殿下に伺ったことが事実であれば、レムノ王国の現状は暗いのでしょう。あなたに期待されているのは、その暗闇を照らす灯火に加わることです。無論、先頭を切るのはミーア姫殿下とクラリッサ姫殿下でしょうけれど……あなたもそこに名を連ねなければならないのです」
――あら? 今、自然にわたくしの名前が入っていたような……? というか、なんか、わたくしが筆頭になっているような……? うん?
不思議だなぁ? 言い間違いかなぁ? としきりに首を傾げるミーアである。
これは、訂正しておいたほうがいいかしら? と口を開きかけた……その時だった!
オリエンス家の執事が、足早にナホルシアのもとにやってきた。
「お話し中、失礼いたします、ナホルシアさま。レムノ王国の使者の方がいらっしゃっているとのことですが……」
「レムノ王国の?」
今まさに話題になっていた国名に、自然、ナホルシアの目つきが鋭くなる。タイミングが良すぎるのではないか? と身構える彼女に、執事は答える。
「はい。レムノ王国のアベル王子殿下とクラリッサ王女殿下が、ここに向かっているとのことなのですが……。明日にはご到着されるとのことで……」
その言葉に、ミーアも驚いた。
「あら……アベル! それに、クラリッサお……うじょ殿下まで? はて……」
っと小首を傾げるミーアに、ルードヴィッヒは訳知り顔で頷いた。
「お忘れですか? 王都からお手紙を出されていたかと思うのですが……」
「ああ! そう言えばそうでしたわね」
パンッと手を叩き、ニコニコするミーア。
――確か、あの時は、シオンとティオーナさんのやり取りを見て、ちょっぴり羨ましくなっちゃって……それで、早く会いたいとかお手紙送ったんじゃなかったかしら……?
すっかり忘れていたミーアである。
なにせ、燃え上がる恋心に流されて書いたものなので、まぁ、ミーア的にはいつもの文通程度の扱いだったのだが……。
「あ!そうですわ! アベルとクラリッサ王女殿下がいらっしゃるのであれば、いかがかしら……?」
意味深に言葉を切ってから、ミーアはとっておきの殺し文句を口にする。すなわち!
「キノコ狩りをしながら、親睦を深めるというのは……」
殺し文句……苦労人を殺しにくる文句……である!
ついに来たか、という顔をするキースウッドをよそに、ミーアは実に朗らかな、良い笑顔を浮かべて、ロタリアを見た。
「クラリッサ姫殿下と直接お話をしてみて、そのお人柄を見た後に答えを出すのが、よろしいのではないかしら?」
ミーアの中には一つの確信があった。
キノコ狩りは、みなの心を一つにする。
一緒にやれば、仲良くなれること疑いなし。ゆえに、誘い出した時点で成功なのだ。ミーアの中では、そうなっているのだ!
……うっかり毒キノコを食べて『お腹痛い』でみなの心を一つにしてしまわなければ良いのだが……。
ともあれ、自信満々な態度で言うミーア。その背後、小さな声で……。
「さすがはミーアさまだ……。ソルサリエンテにいる時から、このように事態が推移することを完璧に予測していたとは……」
などと感動した様子でつぶやくルードヴィッヒであった。




