第百四十五話 軌道修正を図る
一瞬の沈黙……そこで、口を開いたのはシオンだった。
「ナホルシアさま、私は、セントノエル学園に行き、多くのことを学んでいます。あの学園には、各国の王侯貴族が集っている。あなたから見れば取るに足らぬ者、貴族の権威を笠に着た傲慢な者、未熟者と言える生徒もいるかもしれないが、尊敬すべき友も、確かにいたのです」
そっと拳を握りしめて、シオンは続ける。
「生徒会でお世話になった、ヴェールガ公爵令嬢ラフィーナさまは、高潔な人でした。ヴェールガ公国の聖女として、自ら背負った務めを果たさんとする人でした」
肖像画と親友ミーアに関すること以外には、清き聖女として定評がある獅子ラフィーナである。
「我が友のアベルは、自国の在り方を見て、第二王子としてどのように振る舞うか、葛藤し、しっかりと生き方を選び取っていった男でした。ブルームーン公爵令息、サフィアス殿は最初は頼りないかと思いましたが、帝国貴族として今では立派に派閥をまとめ上げています」
シオンの言葉に、キースウッドが満足げに頷いていた。今は遠き地にいる友のことを、きっと思っているのだろう。
「セントノエルの生徒会で出会った者たちはいずれも、それぞれの立場でできることを、精一杯する者たちでした」
クロエが、ティオーナが、ラーニャが、オウラニアが……。後輩のレアやリオネル、シュトリナも……。みながみな、それぞれの立場から最善を尽くそうとしていた。
「なにより、前生徒会長たる帝国皇女、そこにいるミーア・ルーナ・ティアムーンは、大国の皇女として、自身にできる精一杯をもって、帝国に、世界に貢献しています」
確信を込めて言いながら、シオンは言う。
「だから私は……サンクランドの在り方が、国として唯一正しい形であるとは思えない。全ての国が、サンクランドのようになる必要もないと思うのです」
「シオン殿下……それは……」
慌てて立ち上がったランプロン伯が口を出そうとするも、シオンは首を振って答えた。
「ここは続けさせてもらいたいな、ランプロン伯」
静かな口調でそう言って、シオンは続ける。
「同様に、これまでのサンクランドの在り方を常に続けなければならないとも思わない。王に権威を集中させねばならぬ時もあるかもしれないが、多くの者と語らい合い、国のより良い形を目指すような時代があっても良いだろう。逆に、一つの形に固執することで、民の平安が乱されることだってあるかもしれない」
シオンは、オリエンス家の面々をゆっくりと見渡してから、堂々と言った。
「私は、今という時は、王と民が語らい合える時だと考えている。語らい合うべき時であるとも考えている。だからこそ、みなの考えを聞く諮問機関を欲している。私一人では至れぬ、より良いサンクランド王国の形を模索していくために」
そうして、深々と頭を下げて……。
「そのために、助力をいただけないだろうか? オリエンス女大公、それに、ランプロン伯」
その真っ直ぐな求めに、保守派の二人の重鎮は息を呑んだようだった。
――ふむ……これは……。少々、まずいかもしれませんわね……。
一方で、ミーアはシオンの言葉を聞きながら思っていた。
良い感じにまとまってしまいそうな感じがしないでもない状況を前に、少々焦りすら感じていた。
そもそもの話、ミーアの目的は何だっただろうか?
美味しいお茶菓子を味わうことか? ロタリアを教師にスカウトすることか?
もちろん、それもあるが……むしろ、大いにあるがっ! けれど、大本の目的は違うのだ。
では、なにか?
――この流れでは、ティオーナさんとシオンの恋愛劇が見られなさそうですわ!
そうなのだ、二人の恋愛劇を特等席で見て、場合によっては、友人代表として手伝うことにあるのだ。
大国の王子と辺境貴族令嬢との恋愛劇、そのクライマックスに近いものがまさに目の前で展開される……そんな機会もあったのに、少しばかり話の方向性を間違えてしまったのだ。
このままでは、シオンが政治的な問題を上手いこと解決してしまい、その過程で、副次的なものとして、二人の縁談も進んでいってしまうかもしれない。
それは、ミーア的には面白くない。見ていて、ドキドキしない!
――であれば……ナホルシアさまとランプロン伯が口を開く前に、軌道修正して……。
ミーアは内心で静かに頷き……さりげなくゲットしていたアップルパイのお替りをパクリ。シャクリとリンゴの歯応え。しっとり湿ったパイ生地、舌の上にじゅじゅわっと甘みが溢れ出て……なんとも言えぬ旨みが口の中に広がる。
うーん、美味しい! もう一口! 否、二口っ! っと、味わった後……、紅茶で口を漱いでから、再び口を開く。
「先ほどは、国の状況ごとに、と言いましたけれど……王ごとの資質というものもあるのではないかしら?」
「それは、どういう意味ですか? シオン殿下が王に向いていないと?」
再び鋭い視線を向けてきたナホルシアに、ミーアは首を振った。
「向き不向きというよりは、得手不得手ということがあるのではないか、という話ですわ。先代王と同じように仕えれば良いと考えるのは、王の個性をないがしろにしたものですわ。どんな王であっても、同じように仕えれば良いというのは、王の側に負担をすべて押し付ける、臣下の怠慢と呼べるものではないかしら?」
そうして、ミーアはシオンのほうに目を向けた。




