第百四十四話 ミーア姫、唯一の正義を語る、ぶあつい ししの きぐるみ を身にまとい
さて、聖女ラフィーナの威(ぶあつい ししの きぐるみ)を借り、聖女感を醸し出しながら、ミーアは言った。
「国もまた同じではないかと思いますけれど……」
「それは……どういう意味でしょうか?」
「国の正しさの多様性の話ですわ。考えるまでもないことながら、我らの正義はただ一つですわ」
ミーアは基本に立ち帰ったのだ。正義とは何か?
そっと目を閉じ、胸に手を当て……聖女感を存分に絞りだしながら、ミーアは言う。
「我らの正義は変わることのない神聖典。我ら統治者はなんのために権威を帯びるのか? と問われれば、いつでも『民を安んじて治めるため』と答えるべきですわ。であれば、おのずとこう言えますでしょう。正義は唯一であり、それは、民を安んじて治めることである、と」
王侯貴族が神聖典を根拠として、神から委託された形で権威を持つのだとすれば、成すべき正義はそれである。
それを否定することが、自分たちの権威の根拠を否定することである以上、その正しさを認めないわけにはいかない。保守派筆頭のナホルシアにとって、それは覆しがたい論理であるはずだ。
それから、ミーアは目を開ける。真っ直ぐにナホルシアを見つめて……言う。
「されど……その正義を行う方法は多様であっても構わないのではないか、と」
ちょっぴりラフィーナを意識しつつ、実に聖女感たっぷりの口調で言うミーア。
「ゆえに、わたくしは思いますわ。民を安んじて治めることは否定できぬ唯一絶対の正義であれど、それを行う国の在り方は多様であっても構わないのではないか、と……」
ナホルシアの、イスカーシャの、ロタリアの顔を順番に見つめて、ミーアはもう一押し、っとばかりに続ける。
「先ほど、イスカーシャさんにもお話しましたけど、わたくし、騎馬王国で馬合わせに参加したことがございますの。あれは、とても楽しいものでしたわ。ふふふ、あの時も東風と共に出たのですけれど、心を一つにして二日間のコースを走り抜ける。馬との二人旅はなかなかに楽しいものでしたわ」
基本的に、オリエンス大公家の人たちは、馬好きが多い。馬のたとえ話は、しっくりくるのではないかと考えたのだ。
「あるいは、国は……人生というものもそうかもしれませんけれど……別々の場所からスタートした馬合わせに似ているのかもしれませんわ」
「馬合わせに……?」
小首を傾げたのはイスカーシャだった。ロタリアも、いまいちしっくりきていないようで眉をひそめている。
そんなオリエンス家の双子姫に一つ頷いて、
「目指すべきゴール地点はただ一つ。されど、各々が立つ場所は違う。馬に乗り、真っ直ぐに駆けていけるような草原からスタートする者もいれば、厳しい山越えから始めなければならず、馬を引いて行かなければならない者もいますわ。目の前に川があって、馬に乗ったまま渡れる者もいれば、場合によっては船を用意するか、迂回するか、あるいは、そこに橋をかけなければならない者もいるかもしれませんわ」
誰もが同じ場所にいるわけではない。どの国も同じ状況であるはずがない。だからこそ、その立っている場所ごとに、目的を達成するための行動は変わる。
「目指すべきゴールは一つ、実現しなければならぬ公義と正義は唯一……。けれど、なすべきことは一つではない。それぞれが立つ場所、状況における、最善の方法があると……」
とそこまで言って、ミーアは不意に思いつき、付け足す。
「それぞれの場所もそうですけど、その時代を生きる人々、その時々の情勢……ともいうことができるかもしれませんわね」
暗に語る。時間の移り変わりによっても、正しい行動というのは、変わるのではないか、と。
サンクランド王国の在り方は、かつては正しかったかもしれない。
その時の世界情勢であれば、正義の国王個人の資質に頼った統治が正しい時もあっただろう。されど、今この時、この世界の状況にあっては、シオンのやり方が正しいということもあるのではないか? と。
言葉にせずに伝えてから、ミーアはニコリと微笑んだ。
――これは、良い感じのたとえを出せたのではないかしら……。ふふふ、馬合わせ、懐かしいですわ。
どのようなコース取り、力配分でゴールを目指すのか、頭を使いつつ臨んだものである。
まぁ、実際のところ、頭を使っていたのが東風ではないか? との疑念が生じないではなかったが……。
「正義は唯一であり不変であるもの。その基準が簡単に変わっては、混乱が生じる」
ロタリアが、確認するようにつぶやいた。ミーアはそれに首肯して。
「ええ、まさにその通り。各々が好き勝手に正義を唱えては、世界は混沌に陥ることでしょう。されど、それは我らが目指すべき目的地が不変であるというだけのこと。逆に言えば、国が、いつまでも同じ形を維持していても問題が生じないというのは、ずっと同じ、真っ直ぐで平坦な草原が続いているか、あるいは、前に進まず足踏みしているかのどちらかではないかしら……?」
馬合わせは平坦な道のりではなかった。途中に川があり、坂道があり、その都度、走り方を工夫する必要があったのだ……東風が。
国もまた、同じではないか、と……。
そうして、ミーアはそっと紅茶に口を付けた。
アップルパイのお替りを静かに探しながら……。




