第百四十二話 同好の士……ズルい!
さて、椅子に座ると、すぐに切られたパイがお皿の上に載せられた。ついでに、温かな湯気を上げた紅茶も目の前に出される。
香りを楽しみつつ……一口。
鼻を抜ける芳しい香りと、ミルクのまろやかさ。あとは、甘味さえあれば完璧! とばかりに、ミーアはパイにフォークを入れる。
サクリ……。軽快な音を立ててフォークが吸い込まれる。
やはり、焼き立てらしい。
――これほどのクオリティのパイをここに……。やはり、ルスティラさまは、侮りがたい方ですわね!
事前に出されていたナホルシアのお茶菓子も如才ないものであったが、ルスティラの持ってきたお茶菓子には、なんというか、こう……こだわりのようなものが感じられた!
すわ同好の士か!? っと目を見開くミーアであるが……まぁ、それはともかく。
口をあんぐーり開けて、アップルパイを一口。サクリ、シャクリ、トロリ……。
パイ皮の香ばしさ、リンゴの酸味と甘み、トロリとしたクリームが口の中で交じり合い、濃密な美味として、ミーアの舌の上に広がった。
――ああ、素晴らしいですわ……。八百mも走った疲れが、じんわりと甘みの中で解れていくようですわ!
『あの……走ったのは自分なんですが……』
という、東風からの苦情は届かない。なぜなら、厩舎に預けられた東風は東風で、ご褒美のニンジンをもらっていたためだ!
そんなわけで、ミーアは気兼ねなく、心から! リンゴのパイを楽しんでいた。その歯応え、風味、そして、なにより絶妙な甘味に、舌がダンスステップを踏むミーアであったが……。
――っと、いけませんわ。きちんと話を聞いていないと、また大変なことになってしまいますわ。
そうして、ニコニコ、上機嫌にルスティラのほうに目を向ければ、ルスティラは穏やかに微笑んで……。
「では、ミーア姫殿下、よろしくお願いいたします」
「…………はぇ?」
出番は、非常に唐突に、やってきた!
まるで、パスされたボールのごとく、眼鏡の忠臣、ルードヴィッヒが己が傍らにやってくるのを確認。
慌てて、もっ! もっ! ごくり! っと口の中に入れていたパイを飲み込んで……。
――あっ、あら、これ、わたくしがなにか言わなければいけないパターンかしら?
シュシュっと辺りに視線をやれば、すでにみなの注目は自分に集まっていた。
ちなみに、ルスティラはこちらに視線を送りつつも、しっかりリンゴのパイを食べている。
やはり、同好の士のようだった! ズルい!
――ぐぬぬ、不思議ですわ。いったいなぜ、こんなことに……?
ミーアは、ただただ、困惑する。
てっきり、勝負が終わり、良い感じにまとめる空気になったところで、ルスティラが登場。なにがしか、良い感じにとりなすことを言ってくれるものと思っていたのだが……。
――いずれにせよ……なにか、上手いこと言わなければ、なりませんわね……。
今、自分に求められているものを、考えつつ、ミーアは口を開いた。
「まずは、素晴らしい弓術大会であった、とわたくしは感じましたわ。参加された皆さまには、お礼をお伝えしたいですわ。素晴らしい弓の冴えであったと……」
と、当たり障りのない無難なことを言ってから、
「第一戦目、セドリック殿と、我が皇女専属近衛隊の最精鋭との遠距離弓術勝負、実に、見事な戦いでしたわ。あれだけ遠い的に当てるなんて、とても人間業とは思えませんでしたわ」
とりあえず、褒める。
基本的に、ミーアは相手を力で屈服させたいと思ったことはない。力を失った時に逆襲されないためだ。ナホルシアやイスカーシャについては、今後のことを考えて、友好な関係を築いておきたい。
ということで、とりあえず、セドリックをヨイショする方針を立てつつ……。
「わたくしの信頼する近衛隊を打ち負かす武勇、セドリック殿の腕前は素晴らしいものですわね」
夫を褒められて嫌な気持ちになる妻はいないだろう。ということで、とりあえず、惜しみなくセドリックを褒めておく。
「お褒めに与り、光栄の至り」
気取った仕草で頭を下げるセドリック。ナホルシアは相変わらず浮かない顔をしているが、今は構ってはいられない。
話を先に進めていく。
「次に、ナホルシアさまとリオラさんとの砦攻めの弓術。これも見事でしたわ」
ミーアの誉め言葉を受けて、ドヤァッと胸を張るリオラ。その隣に並んで事態を見守っていたアンヌは、しょうがないなぁ、っと優しく微笑んでいる。
「リオラさんの遠距離からの狙撃と、ナホルシアさまの素早い弓術の戦い、実に見応えがございましたわ。と、同時に……」
ミーア……ここで、仕掛ける!
「ただ一つの正しい勝ち方があるわけではない、ということが、よく実感できる勝負だったと言えますわね……」
「どういう意味でしょうか?」
ナホルシアが眉をひそめる。その、鋭さを増した視線を、ミーアは軽く肩をすくめていなし、
「深い意味はございませんわ。ただ、オリエンス女大公は、あの第二競技によく慣れ親しんでおられた。だから、最適の行動をされたのだと思いますし、事実、それで最速を取ることもできたのでしょう。されど、リオラさんは、ナホルシアさまが思いも寄らぬ形で的を射抜いてみせた。遠距離からの曲射という……。三階まで登って射るのとは別の、勝ち方があった。それだけのことですわ」
先ほどの競技を思い出しながら……。
「ですけれど、勝つ方法が唯一ではない、ということは、あの競技の戦略の幅を広げて、とても楽しい、とわたくしは思いますわ」
それから、小さく付け足すように……。
「同様に……国の在り方、正しさも一つではないのではないか、とわたくしは思っておりますわ」
ミーアは果敢に切り込んだ。




