第百四十一話 感想戦
「お初にお目にかかります。帝国の叡智、ミーアさま。私はルスティラ・ソール・オリエンス。ナホルシアの母でございます」
前大公夫人ルスティラは、真っ直ぐにミーアの前にやってきて、そっと頭を下げた。
年老いてなお艶と輝きを失わぬ銀髪が、日の光を受けて美しく輝いて見えた。
「ご丁寧なご挨拶、痛み入りますわ。わたくしは、帝国皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ。この度は、急にお呼び立てしてしまったこと、大変申し訳なく……」
などと、殊勝に、いつも以上に礼節を気にしつつ、ミーアは深々と頭を下げる。
なにせ、これから事態をいい感じにおさめてくれる相手である。無下に扱えるはずもなし。
「お祖母さま……、どうしてここに?」
困惑した様子のイスカーシャとロタリアに、ルスティラは慈しむような優しい視線を向けた。
「我がオリエンス家恒例の弓術大会に特別ゲストをお招きしたと聞いたからよ。ふふふ、そんな楽しい会を見学しないなんて、もったいないでしょう?」
「でっ、では、もしや、先ほどの馬上弓術も……?」
と、不安そうな顔をするイスカーシャ。そんな孫娘に鋭い目を向けて……。
「良い学びになったようでよかったわ。勝った時よりも、負けた時のほうが学びは多い。しっかりと目を背けることなく負けを見つめ、多くを学びなさい」
それから、ふっと表情を和らげ、
「鉄は鉄によりて、人はその友によりて研がれるもの……。良き出会いに感謝をしなければなりませんよ」
そうして、優しく、孫娘の頭を撫でた。それから……。
「ナホルシア、この後は、お茶を飲みながら感想戦をするのでしょう? 美味しいお茶菓子をご用意してきましたから、一緒に頂きましょう」
……っとミーア、素早くお腹をさすって、減り具合を確認。うん……うん、っと頷く。
運動したから小腹が空いたかもしれない。ケーキなり、クッキーなりでお腹を満たすことには大賛成なのだが……しかし……。
「はて……? 感想戦ですの」
「ええ。弓術披露会は互いの腕前を披露し合うとともに、技術を高め合うのが目的ですから。競技の振り返りは必須なのです」
澄まし顔で言うルスティラに、ミーア……ピンっと来る!
――なるほど、ゆっくり感想を話し合いつつも、ナホルシアさまにいい感じのことをお話しになられて、ちょうどいい具合に諫めてくれるということですわね!
確認のため、ルードヴィッヒに目をやれば、深々と頷いてみせる。
どうやら、状況はきちんと伝わっているらしい。
――そういうことならば、わたくしとしては、ルスティラさまのお持ちになった美味しいお茶菓子というのを、存分に味わわせていただくのみですわ!
なぁんて……少々、気を抜いていたミーアであるのだが……。
「では、こちらへどうぞ。義母上さまはそちらの……」
ミーアたちは、最初の練兵場へと戻ってきた。テーブルの上にはすでに先ほどまでのお茶菓子はなく、代わりに新しいカップとティーポットが並んでいた。
意気消沈しているナホルシアに代わり、その夫、セドリックがきびきびとメイドたちに指示を出している。もともと、お茶会の準備はできていたのかもしれないが、それでも、その進行は実にスムーズで……。
――ふむ、軽い方という印象でしたけど、この方も意外とやり手という感じがいたしますわね。ナホルシアさまが表で国の代表たちを相手にする間、裏で家の者たちを動かす、みたいな形かしら……。
ミーアにとって、お茶会の段取りが悪いというのは、割と大きなマイナス点だ。お茶が冷めたら美味しくないし、お茶菓子だってすぐに食べたい。
クッキーならばまず駆けつけ三枚、ケーキであれば駆けつけ三口で七割ほど食べてしまわないと落ち着かないというものである。
それゆえ、見事な手腕を見せたセドリックは、ミーアの中で、大きく評価を上げてきていた。これはぜひ、後日のキノコ狩りでも同行してもらったほうがいいだろう。
さてテーブルに着いたミーアは、早速、ルスティラの持ってきたお茶菓子を見て、おお! っと小さくつぶやく。
――これはパイですわね。それも、恐らくは作りたてではないかしら? 甘く煮たリンゴと……とろとろのクリーム! これは……素晴らしいですわ!
そんな状態でパイを持ってこられる、その実行力と行動力に、ミーアは思わず舌を巻く。
ルスティラの住む館を訪ねたのであればまだしも、このような練兵場に作りたてのリンゴのパイを届けさせるなど、実際にはかなり難しいのではないだろうか。
――焼き時間を考えると……恐らくは、ルードヴィッヒが訪ねてきてすぐに早馬を走らせてオリエンス家でアップルパイを焼かせたのではないかしら……?
「このリンゴは、私が作ったものなので、お口に合うかどうか不安ですけど……」
などと言うルスティラ。
――ということは、リンゴの瓶詰を早馬で届けさせて、それをオリエンス家でアップルパイにさせた、ということかしら……? すでに、ルードヴィッヒが訪ねてきた時点で、ここにこうして来ることをも想定しているとは……素晴らしい手腕ですわ!
お菓子作りと料理の手腕については、称賛を惜しまないミーアである。
――やはり、ルードヴィッヒの見立ては正しかったようですわね。ルスティラさまは相当デキる方ですわ!
これならば、全部任せてしまっても、なーんにも問題ないだろう……っと考え、ニコニコ、ウッキウキ弾んでしまうミーアであったが……。




