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第百三十八話 不協和音

「はじめ!」

 掛け声と共に旗が振られる。ほぼ同時、白点花が飛び出した。

 しなやかな脚が一歩、大地を蹴るたび、その身は加速し、野を吹き抜ける疾風となる。

 たった数歩でトップスピードに乗るその走りは、月兎馬にしかできぬもの。されど、同じ月兎馬であっても、ここまでの速力を引き出すことは、ロタリアにはできない。

 はじめて感じた急激な加速に、ロタリアは、思わずバランスを崩しそうになりつつ、懸命に耐える。

 吹き付けてくる風、目を細め、前方に目をやる。

 見る間に的が、二馬身ほどのところまで迫っていた。

 ――くっ! 速すぎる!

 慌てて背中の矢筒に手をやる。一度、二度と矢を掴み損ね、ロタリアは焦りに顔を歪ませる。

 三度目でようやく矢を掴み、なんとか弓に番えるが……。

 ――間に合わないっ、このっ!

 狙っている時間はない。引くと放つを一呼吸。ほとんど狙いも付けずに、勘だけで矢を放つ。

 放たれた矢は、かろうじて的の端に突き立つが、ど真ん中の満点とはいかない。

 イスカーシャに及ばないまでも、ロタリアもそれなりには弓が使える。平均スコアは七割程度。的にすべて当たるのはもちろん、十枚中、七枚はど真ん中を捉えられるはずだったのに……。

「しまった……」

 失敗に、思わず目の前が暗くなる。

「落ち着いて、ロタリア。ごめん、気負い過ぎた」

 妹の様子を察したか、イスカーシャが馬の速度を落とした。けれど、それはそれでロタリアを落ち込ませる。

 ――たぶん、カーシャなら、この速さでも当てられたってことだよね。

 イスカーシャの天才ぶりは、ロタリアがよく知っている。何度か一緒にやったことのある馬上弓術では、いつも、どれだけ速くロタリアが馬を走らせても、外すことはなかったのだ。

 逆に、ロタリアが射手を務める時には、普段であれば、もう少しゆっくりと、当てやすい速度で走ってくれていたのだが……。

 ――焦ってるのかな……? 相手が、帝国の叡智だから? それとも、私のために怒ってくれてるから?

 自分のために張り切ってくれて……信頼して射手の役割を任せてくれた姉。それに応えることができない不甲斐なさが胸にずんっと響く。

 雑念は、弓の冴えを鈍らせる。

 生じた違和感は焦燥となり、不安感に囚われた指先は、繊細な動作にズレを生じさせる。

 再び的が迫る。

 的の色は、赤だっけ? 青だっけ? 上? 下? どっち?

 刹那の混乱。

「的、上!」

 まるでロタリアの心境を読んでいたかのように、イスカーシャの声が聞こえる。

 言われるがまま、ロタリアは番えた矢を放つ。

 ひゅかっと音を立て、飛んでいく矢。されど、それもまた、的のど真ん中を貫くことはない。

「大丈夫、ロタリア。先着して五十点は必ず取る。五十一点取れば勝たせてあげる」

 最初の的は一点、次の的は五点。だんだんと中心に近づいてきているし、あと八個の的で四十五点は決して取れない点ではないと思うのだが……。

 ――それも、先着できる前提だ。油断なんかできない。できるだけ中心を射抜いていかないと……。

 直後、イスカーシャが、馬の速度を上げた。的の直前で当てやすいように速度を軽く落とすことにしたのだろう。

 速力勝負で勝ちつつ、的の点も取っていくための、細かで繊細な騎乗術。されど、それはそれでタイミングが取りづらい。

「くっ……」

 三度目に放った矢は、再び真ん中から少し外れて、再び五点のところへ。

 白点花が再加速するのを感じつつ、ロタリアは静かに、深く息を吐いた。

 ――このままじゃだめだ。ともかく今は、的に集中しないと。

 ゆっくりと息を整え、ただ指先にのみ意識を向ける。軽くこすり合わせて、汗を指先に馴染ませる。

 的が近づいてくる。それに息を合わせて……。

 一呼吸、二呼吸……今っ!

 鋭い瞳で見つめた先、放った矢は、見事、的のど真ん中を射抜いた!

「その調子! 次にいくよ」

 嬉しそうなイスカーシャの声を受けつつ、ロタリアはただ、的にのみ意識を向ける。

 上、下、上、下。交互に配された的も慣れてしまえば、焦ることも無い。

 ――大丈夫、私の弓はお母さまに教えてもらったもの。それに、私だって、カーシャの妹なんだから……。

 調子を取り戻したロタリアは、次々に的を射抜いていく。

 それは、オリエンス家の姫の名に恥じぬ、見事な弓術だった。

 ――それにしても……すごいな……。

 矢を放った瞬間、ロタリアは、思わず感嘆の息を吐く。

 五枚目以降、相手の赤い的に刺さる矢をずっと見ていたが……恐ろしいことに、矢はほとんどが、真ん中を射抜いている。

 ――弓術だけの勝負じゃ絶対に負けてたな。

 ふっと小さく笑みをこぼしつつ、弓を引く。

 最後の的も、ど真ん中を射抜いて、それから、半周ズレたミーアたちのほうに目を向ける。

 ちょうど、一馬身から二馬身弱ほど、相手のほうが先行しているようだったが……。

「まだ、負けない。任せて」

 前を向いたまま、イスカーシャの力強い宣言。と同時に、白点花が再びの加速を始める。

 馬上弓術から、速駆け勝負へ。

 最後の直線勝負が、今、始まる……。

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― 新着の感想 ―
イスカーシャとロタリアは双子として生まれなければ、全く気が合わず仲良くもなれないほど、性格が違うし、気も合わなさそうに思えますね。 ミーア姫が他人に合わせるのがうますぎるってのもありますけどw
> 弓の腕は、リオラ>>イスカーシャ=ティオーナ>ロタリア と言う作者様の設定らしいが、きっと…… リオラ「ティオーナお嬢様(の弓術)は私が育てた、です。お嬢様がルールー族以外に負けるはずない、です!…
―大丈夫、私の弓はお母さまに教えてもらったもの。それに、私だって、カーシャの妹なんだから……。  調子を取り戻したロタリアは、次々に的を射抜いていく。  それは、オリエンス家の姫の名に恥じぬ、見事な弓…
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