第百三十六話 これが、天馬姫(ペガプリ)……ゴクリ
「ふぅ……割と長かったですわね」
トラックを一周して、元の場所へと戻ってきた。
そこでは、すでにイスカーシャ、ロタリアの双子姫が待っていた。その傍らには、彼女たちの馬が静かにたたずんでいる。
白く美しい馬だった。確か、練兵場に来る時にイスカーシャが乗っていた馬ではないだろうか。
その艶やかな毛並みはまるで新雪のように一点の汚れもなかった。引き締まったしなやかな筋肉と優雅さを帯びた顔つき、賢そうな澄んだ瞳……。一目で大切にされていることが窺える馬だった。
「ふむ、その馬がオリエンス家の代表なんですのね」
東風を降りて、白馬に歩み寄る。
「はい。私の愛馬で、名を白点花と言います」
どこか誇らしげに胸を張り、馬の首筋を撫でるイスカーシャ。ミーアは白点花に目をやって。
「そう……。白点花、ふふふ、よろしくお願いいたしますわね。良い勝負にいたしましょう」
そう話しかけると、白点花はミーアに顔を向けた。優しげな瞳は、不思議そうにミーアのほうを見つめている。
「馬にも……そのように声をかけられるのですね」
愛馬の心情を代弁するかのようにイスカーシャが言う。その後ろ、ロタリアが目を丸くしている。
「あら、それは当然のことですわ。馬は賢い生き物ですもの。きっとわたくしたちのことをきちんとわかっていると思いますの」
そう言ってから、ミーアは心の中で付け足した。
――というか、荒嵐がいつもくしゃみを吹っ掛けてくるのなんか、明らかにわたくしをからかおうとしているのが見え見えですし……。あいつ、きっと人間の言葉がわかっているに決まってますわ。
であるならば、当然のこと、ご機嫌を取っておくにこしたことはない。人間の言葉を理解するばかりか、からかおうとさえ考えられるほど頭が良いのだから。
いつも優しい言葉をかけておいて、好感度を稼いでおけば、何かの危機に陥った時に、味方をしてもらえるかもしれないではないか!
いざという時を考え、備えを怠らない帝国の叡智なのである。
「馬のことを……そこまで信頼している……と。なるほど、天馬姫の噂はダテではないということですね」
ゴクリ、っと喉を鳴らすのは、イスカーシャだった。
――ふぅむ、この方、やっぱり相当のウマニアですわね……。てっきり、天馬姫の名は騎馬王国でしか知られていないものと思っておりましたけど……。
感心するミーアは知らない。
騎馬王国のノリのいい人々が大々的に、ミーア=天馬姫の肩書を広めていることを……。それはもう、立ち寄る国、立ち寄る国で、帝国の姫君ってすっげーんだぜ! っと語り倒しているということを……。
まぁ、そんなどうでもいい話はさておくとして。
「さて、試走も十分させていただきましたし……」
そこでチラリとティオーナのほうを窺えば、彼女はリオラと話をしていた。どうやら、馬上弓術の助言を受けているらしい。
――ふむ、準備は整っておりますわね!
満足げに頷いてから、厳かに言った。
「それでは、始めましょうか」
東風に乗り、スタート地点へと移動する。
イスカーシャ、ロタリアのペアとは、ちょうど半周ズレた位置がスタート地点となる。
的については、ミーアたちが赤い的、オリエンス家が青い的を狙うことになった。上と下に付けられた的だが、一つごとに上下が入れ替わるので、どちらが射やすいということはない。
ちなみに、赤い的を選んだのはティオーナだった。
スタート前に、どちらの色が良いかと問われた彼女は微笑みつつ、
「赤にしませんか? ミーアさま。あの日、生徒会選挙戦を勝ち抜いた赤に……」
「あー、ありましたわね……そんなこと……」
腕に赤い布を巻き、聖女ラフィーナと選挙戦を戦ったことも、今は懐かしい。
あの赤いマスコットカラーは、なんとなく、ギロちんを彷彿とさせる赤だったから、ミーア的には若干不吉な感じがしないでもなかったが……。
「まぁ、ティオーナさんがやりやすいほうで良いと思いますわ」
そんなやり取りを経て、赤いほう(ギロチンレッド)の的がミーア陣営のものとなった。
スタート地点へとやってくる。
コースの反対側に、オリエンス家の双子姫が乗った馬が見える。そして、コースの楕円形の中心には審判台と観覧席がしつらえてあった。
そこには、ナホルシアやセドリック、ランプロン伯、ベルやシュトリナ、ディオンもそのそばに控えている。応援のため、アンヌとリオラが手を振っているのが見えた。それに、片手で返してから……。ミーアはキリリッと手綱を握った。
ふいに風がミーアの髪を緩やかに揺らす。冬の寒気を含んだ風が、頬に痛い。
わずかに気持ちが引き締まるのを実感しながら、審判に目をやった。
「よーい!」
大きく、叱咤するような声が響いて、巨大な旗が持ち上がり……。
「はじめ!」
同時に旗が振り下ろされるのを見て、
――ああ、実に大きい旗ですわね。ああいうものを見ると、なんとなく、セントバレーヌを思い出しますわね。
などと、若干締まらないことを考えつつ……馬上弓術勝負は始まった。




