第百三十五話 いざ、決戦へ!
「おお、ここが会場ですのね」
案内されたのは、練兵場に隣接して造られた練馬場だった。一周が八百mということで、ミーアの足で走ると一発でシュッとしてしまいそうな広さだった。地面は、見た限り穴が開いていたり、水が溜まっていたりする箇所はない。
馬が怪我をしないよう、しっかりと整備されている。
――ふむ、スタート位置も半分ズレるということでしたし、スタートダッシュ時に泥をかけるみたいな妨害は難しいですわね……。まぁ、あれが得意なのは荒嵐ですし、問題ありませんけど。
っと、分析するミーアにナホルシアが近づいてきた。
「せっかくですし、試走なさいますか?」
チラリ、と東風のほうに目をやりながら、ナホルシアが言う。
「ええ、そうですわね。ぜひ」
ミーアはニッコリと笑みを浮かべた。
――ティオーナさんとの二人乗りは初めてですし。練習は必須ですわ。
ということで、早速ミーアは、颯爽と鐙に足をかける。
いよーっこいしょー! っと心の中で掛け声を上げ、華麗に騎乗。それから、ティオーナに手を差し伸べる。
遠慮がちにその手を握り、ティオーナが乗るのを確認して……。
「ティオーナさん、問題ないかしら?」
「はい。大丈夫です。お願いします、ミーアさま」
真剣な顔で頷くティオーナを確認してから、ミーアは前方に視線を戻す。
「わかりましたわ。では……お願いしましたわよ、東風」
ミーアの声に、東風は、ぬぼぉっとした顔のまま、ゆったりと進み始めた。
常歩でのんびり行く。コースはやはりしっかりと整地が行き届いているようで、問題なく歩けている。ぱから、ぽこら、と刻まれるリズムが、なんとも心地よい。
しばらく進んだところで、右手前方に的が見えてきた。的は上下に赤と青の的が設置してあった。
角度的には真横に来た瞬間に射貫くのが良さそうだが……。
「全力で走っていると、一瞬しかタイミングがなさそうですわね。これはなかなかに難しそうですわ」
などと言いつつ、カーブに差し掛かる。直線だけでなく、カーブにもきちんと的が設置されていた。距離はおおむね均等のようで、急に間隔が狭くなっている……というような意地悪な仕掛けにはなっていないようだ。
「的に近づいたほうが当てやすいけれど、その分、多くの距離を走ることになって、先着するには不利になるというわけですわね……意外と奥が深い。なかなかに頭を使いますわね」
感心しつつ、ミーアはコース取りを考えてみる。
――最短距離を行くと、カーブも急になりますし、その分、弓を射るのが難しくなるかも……。とすると、程よいところで走らせねば……。
っと、そこまで考えたところで、ミーアは、ふっと笑みを浮かべる。
――ああ、いけませんわね。このような……。専門家がいるというのに、わたくしが差し出がましい真似をしてしまっては駄目ですわ……。わたくしは余計なことなどやらずに、東風にすべて任せてしまうのが肝要。
基本的に、ミーアは走りの専門家に判断を委ねることを躊躇わない人である。
互いの技を競い合うような弓術披露の場であっても、そのスタンスは変わることはない。
考えることは、頭のいいルードヴィッヒに任せる。
弓を射るのは、リオラの教えを受けたティオーナに任せる。
戦うことは、帝国最強のディオンに任せる。
走ることは、走るのが上手い馬に任せる。
これこそが、ミーアのスタンスなのだ。
……では、ミーアは何をするかと言えば、それはもちろん…………なんだろう?
まぁ、健康的にお腹いっぱい美味しいものを食べて、たっぷり眠ることぐらい……だろうか。それだって、大切な仕事である。間違いなく、大切な仕事なのである!
「どうかしら? ティオーナさん。的当て破上手くできそうですの?」
軽く振り返ってみれば、ティオーナが真剣な顔で的を見つめていた。
「…………ここ」
イメージトレーニングしているのか、的の前を通るたび、その口からは小さなつぶやきが漏れる。的を見る目が細められ、それからすぐに次の的に向かう。
背中に手をやり、矢筒から矢を引き出す動作をする。
「当たったかどうか気にしないほうがいいかな。直ぐに後ろに流れていっちゃうし、間に合わない。うん……」
などと、納得のつぶやきを見せる。
「ティオーナさん?」
「え? あっ、はい! なんでしょうか?」
「的を射抜くことはできそうかしら?」
ミーアの問いかけに、ティオーナは当然、とばかり様子で頷いて、
「大丈夫だと思います。このぐらいの間隔ならば問題なく、全て射抜けるかと……」
「まぁ、それは重畳。ですけれど、くれぐれも無理は禁物ですわよ? 馬から落ちるようなことがあっては一大事。くれぐれも無理せず、油断なくいくこと、よろしいですわね?」
ティオーナにもしものことがあれば、可能性は低いかもしれないが、セロ・ルドルフォンが敵に回るかもしれない。それに、リオラの弓の腕前を見た後となっては、とてもではないが、ティオーナを粗雑には扱えない。
「はい。ありがとうございます。ミーアさま」
穏やかに微笑むティオーナに、ミーアも一つ頷いて……。
「さて、それでは、参りましょうか。いざ、決戦へ!」
ミーアの言葉がわかったのだろうか……いつもは物静かな東風が、高く嘶いた。




