第百三十三話 シルバームーンの馬
さて、ティオーナと基本方針を確認し合った後で、ミーアたちは練馬場に戻ってきた。
ついでだし、ということで、東風を引いてくる。
「ふふふ、思えば、今回は純粋に帝国の力だけで勝負することになりますわね」
「え……?」
きょとん、と首を傾げるティオーナに、ミーアは上機嫌に微笑んだ。
「テールトルテュエ種は帝国の馬ですわ。騎馬王国の月兎馬ではなく、帝国の馬で、わたくしとあなた、帝国皇女と帝国貴族令嬢が力を合わせて勝負をするなんて……。ふふふ、まさに、帝国の栄光を表すのに相応しいやり方なのではないかと思いますわ」
「帝国貴族……ふふふ、ミーアさまは、最初からそうでしたね……」
「……ん?」
小首を傾げるミーアに、ティオーナは小さく笑みを浮かべて、なんでもありません、と答えた。
さて、ミーアたちの姿が見えたのか、すでに着替えを終えていたイスカーシャ、ロタリアの姉妹姫がやってきた。
ミーアが連れてきた東風に目をやり……。
「その馬で、勝負するおつもりですか?」
イスカーシャは、東風にチラリと目をやる。
「確かに、厩舎を軽く見させていただいた限り、月兎馬は一頭もいませんでしたが……」
「ええ、月兎馬には月兎馬で、と行きたいところですけど、残念ながら月兎馬は伴って来ておりませんの」
ミーアは苦笑いを浮かべる。
「そうでしたか。それは残念です」
それでは勝負にならないだろう、と……口にはしなかったが、その目は語っているように見えた。
――ふむ、油断しておいてくださるならば、それはそれで、こちらに有利に働くかも……。
などと思わないでもないが……チラリと東風のほうを見る。静かな瞳でミーアを見つめる東風。ミーアは自身を守る近衛を大事にする。そして、この東風もまた、ミーアを守る騎士の一人。ならば、その名誉は守らねばならない。
ミーアは相手を挑発するように、あえて、すまし顔で微笑んで、
「まぁ、東風とは、騎馬王国での馬合わせにも出たことがございますし。相性がとってもよいから、大丈夫ではないかしら」
「え…………?」
ミーアの言葉に、イスカーシャは驚いた様子を見せた。
「この馬で……? 馬合わせ……というと……もしや山族との、でしょうか?」
「あら、ご存知でしたのね? ええ。相手は、山族の『落露』という名馬でしたから、なかなか大変な戦いになりましたけど……」
「そっ、その馬で山族の至宝『落露』に、この馬で……? てっきりレッドムーン家の名馬『夕兎』を駆り出したのかと思っていましたが……」
「あら、詳しいですわね」
「無論です。名馬は宝。各国のめぼしい馬はきっちりチェックしています」
キリリっと、イスカーシャが言う。
「ふふふ、夕兎とも勝負をしたことがございますわ。あれも良い馬でしたけど、なんとか勝つことができましたわ。セントノエルの『荒嵐』という馬で……」
「なんと、暴れ馬として有名な荒嵐に乗ったことがある!?」
実に、食いつきが良かった!
――あら、この方も、やはり馬愛好家なのですわね。ナホルシアさまもその気配でしたけど……。ふむ……しかし、騎馬王国の方たちと同じで、月兎馬こそが唯一の正解であると信じているご様子。であれば、この勝利で価値観を揺さぶることができるかも……?
馬好きには馬を持って語れ。騎馬王国で学んだことを実践するべく、ミーアはにっこりと笑みを浮かべ。
「ふふふ、この勝負で、正解が唯一ではない、ということを見せて差し上げますわ」
軽くウィンクしつつ言ってやると、イスカーシャが表情を硬くし……。
「油断など、もってのほか、ということがよくわかりました。私も全力をもって、勝ちに行かせていただきます」
それから、イスカーシャはティオーナのほうに目を向ける。
「あなたにぶつけるのは筋違いかもしれませんけど、ロタリアの縁談の件、たっぷりと恨みを晴らさせていただきます。本当は、シオンのや……殿下をぶっつぶ……ぎゃふ……目に物見せ……こほん。ともかく、勝負です、ルドルフォン嬢!」
なにやら、ちょっぴり過激なことを口走るイスカーシャに、ミーアはなんとなく、ラフィーナ……というよりは、かつての自分のような雰囲気を感じた。
――わたくしも、シオンを、ダンスでぎゃふんと言わせたくなったりもしましたし、気持ちはわからないでもないですわね。
などと思いつつも、ミーアは当事者であるロタリアのほうに目を向けた。
なんだか、心ここにあらずと言った様子のロタリアに歩み寄り、ニッコリスマイル。
「なんだか、奇妙なことになってしまいましたわね……。ロタリアさん」
「あっ、ミーア姫殿下……」
ロタリアとは、公都に来る途中でゆっくり会話をしていた。
仲良くなったとは言えないまでも、それなりには親しくなっていたつもりだ。
少なくとも、剣を突きつけ合うほど、険悪な仲にはなっていなかったはずなので……。
――後々のことを考えると、この勝負で禍根を残すようなことは得策ではありませんわ。イスカーシャさんのほうは、なんだか、すごく怒ってるみたいだから仕方ないにしても、ロタリアさんには、ちゃんとフォローを入れておくべきですわ。
もっとも、そのイスカーシャにしても、敵意はおおむねシオンに向いているので、まぁ、問題ないと言えばないのだが……。
そんな思惑を胸に、ミーアはロタリアに友好的に話しかける。
「まさか、こうして勝負をすることになるとは思いませんでしたけれど……せっかくですし、競技を楽しみたいですわね。互いに、良き技を披露できる時となればよろしいのですけど……」
お互いに頑張ろうね! 勝ち負けとか、この際いいよね? 良い技を披露することが大事なんだよね? っと念を押しに行くミーア。対して、ロタリアはちょっぴり慌て気味に頷いて……。
「あっ、はい。そう……ですね。ミーア姫殿下」
なにやら、微妙に歯切れが悪かった。
――ふむ、これは……。もしや、イスカーシャさんとは違って、あまり勝負には乗り気ではないのかしら……?
首を傾げつつも、ミーアは一歩踏み込む。
「ロタリアさん、この勝負の後で少しご相談したいことがあるのですけど、よろしいかしら?」
この馬上弓術の披露会が終われば、シオンの問題は一区切りつくだろう。
勝てば、シオンの婚約者にはティオーナがなるだろうし、負ければ、ナホルシアはシオンに新たな婚約者を立てるだろう。
――まぁ、そうはならないでしょうけど……。ルードヴィッヒがなんとかしてくれるでしょうし……。
ただ、いずれにせよ、ロタリアの身は、一時的だがフリーになる。その隙に、スカウトしてしまおうというのだ。
――次の婚約話が来る前に、教師にスカウトしてしまえば……。
などと、腹の中で皮算用するミーアである。
「……? それは構いませんが……なんのことでしょうか?」
「ええ……少し……」
「負けた後の執り成しを、優しいロタリアに願っても無駄ですよ、ミーア姫殿下。私たちでは、お母さまのことを説得などできないのですから」
話を聞いていたのか、イスカーシャが口を挟んできた。そんな彼女に、ミーアは誤魔化すような笑みを向け、
「おほほほ、いやですわ。負けた時の執り成しだなんて……。そのようなこと、考えたこともありませんでしたわ」
いけしゃあしゃあと言うのは、いざという時、ルスティラに何とかしてもらう気満々のミーアである。常に他者の助けを頼りにするミーアは、誰に助けを求めればいいのかを見極める目を常に鍛えているのだ。
「ミーアさまの仰るとおりです、私たちは、負けません」
ミーアに続き、ティオーナが口を開いた。
静かに、確信のこもった笑みを浮かべて、
「私たちが完全勝利しますから……、執り成しなど不要です」
その強い言葉に、イスカーシャはわずかばかりに顔を強張らせた。
「意外と好戦的な性格ですね。ティオーナ・ルドルフォン嬢」
「帝国貴族に連なる者として、栄光を表せとのミーアさまのご命令を全力で実行するだけです」
さて、そんな火花散る令嬢たちのやり取りを、東風が、どこか他人事の感じでぬぼぉっと眺めていた。自身の足にかかる責任が重たくなっていることを知ってか知らずか、いつもと変わらず、どこか抜けた顔をしている東風。
ミーアに何度かの勝利をもたらしたいぶし銀の馬が、どのような走りをするのか……。今はまだ誰も知らないのだった。




