第百三十一話 勇ましき帝国令嬢たち
さて、まるでどこぞの大国のお姫さまみたいに、じっくり丁寧に、ゆっくり時間を使って着替えた後、ミーアは鏡を見た。
「ふむ……ふむっ!」
なんか思いのほか……シュッとしていた!
パリッとしたブラウス、スマートな騎乗ズボンを見て、満足げに頷く。
「完璧ですわ! さすがはわたくしの専属メイド、アンヌですわね!」
「ありがとうございます、ミーアさま」
なぁんて笑みを交わしつつ、ミーアは、ふと重要なことに気が付いた。
――しかし、この服……いつもの乗馬服のはずですけど、サイズがピッタリですわね。きつすぎず、ゆる過ぎず……。最近、ほんのちょっぴり食べ過ぎたと思っておりましたから、すこーしだけキツいかと心配しておりましたけど、そんなことございませんでしたわね。全然余裕でしたわ。ふふふ、以前とまったく変わっていないなんて……。これも、朝の体操の効果かしら?
ホッと安堵するミーアである。ちなみに、ミーアが気楽に運動できるよう……いつでも乗馬できるように、アンヌが細かくサイズを調整していたりするのだが……。
――これならば、少し大きめのケーキなど食しても問題ないかも……?
忠義者の心、主知らず……なミーアであった。
さて、勝負の前に、もう少し時間稼ぎがてら、東風の様子を見にいこう……と思い立ったミーアは厩舎のほうに向かおうとしたところで、
「ミーアさま!」
同じく着替えを終えたティオーナがやってきた。動きやすい乗馬服、矢筒を背負い、すっと背筋を伸ばした、凛とした立ち姿。キリリッとした顔を見て、ミーアは唸る。
「ああ、ティオーナさん。気合十分。準備は万端のようですわね」
ティオーナは、少々、緊張の残る顔で頷いてから、胸に手を当てる。
「この度は、私のために……お手を煩わせてしまい……」
っと、すまなそうな顔で頭を下げようとする。
だが、そんなメンタルでは勝てるものも勝てないだろう。ミーアは静かにティオーナを見つめて、
「ティオーナさん……」
名を呼んだ。それを受けたティオーナは、ハッとした顔をして、それから不器用に笑みを浮かべて、
「ありがとうございます。この御恩は決して……決して忘れません」
「ふふふ、それは大袈裟ですわ。ティオーナさん。それに……」
これは、あなたのためだけではなく、わたくしのためでもある……と言いかけて、ミーアは言葉を止める。
なんとなく、しっくりこなかったのだ。
それでは、以前、出会ったばかりの時のように、あまねく寵愛を与える臣民であるから、と言うべきだろうか?
だけど、これもなんだかしっくりこなくって……。
それから、先ほどアンヌに言った言葉を思い出す。
――友のために……そう……そうでしたわね。
口先だけで言ったことだったが……それが思いのほかしっくりきてしまったのだ。
だから、ミーアは胸を張り、宣言するように言葉を紡ぐ。
「それに、あなたはわたくしの大切な友なのですから。わたくしが力を尽くすのは当然のことですわ」
「ミーアさま……」
一度、二度と瞳を瞬かせるティオーナに力強く頷いてみせる。
混じりけのない本音を口にした時、その胸にあったのは、思いのほか爽快な感情だった。
――じっくり間近で恋愛劇を鑑賞するつもりでしたけれど……ふふふ、友の恋愛を間近で応援する役柄というのも、悪い気はしませんわね。
じんわりと湧いてきた闘志に背中を押されるように、ミーアはティオーナを見た。
――さて、であれば、気持ちよく勝利を掴みたいところですわね。時間稼ぎも十分でしょうし、勝負が終わる頃にはルードヴィッヒが帰ってくるはず。万が一の時の備えは完璧、後顧の憂いなく勝負に挑めますわ。
腕組みしつつ、うむうむ、っと頷く。
――ここは、事前に打ち合わせておくことが必要ですわね。
そうして、ミーアは厩舎のほうに向かう。
「馬上弓術について、方針を決めておきたいと思うのですけど……」
後についてくるティオーナに、ミーアは言った。
「勝負には、この東風で挑みたいと思うのですけど、よろしいかしら?」
「はい。ミーアさまにお任せします」
神妙な顔で頷くティオーナ。ミーアは眉間に皺を寄せつつ……。
「東風は良い馬ですけど、正直言ってしまうと、月兎馬と速さを競い合うのは、いささか不利だと思いますわ。もっとも、弓を射ながらの速駆け勝負となれば、速度を上げ過ぎるわけにもいかないとは思いますけど……」
ただ闇雲に速さを求めればよいというわけではない。
あまり速すぎると射手が間に合わなくなってしまう。仮に先着したとして、的を三分の一しか射貫けなかったなどということになれば、速度を落としてすべての的を完璧に射抜く相手に負けるのだ。
「だから、事前に決めておきたいと思いましたの。速度を落とし、確実に的を射抜いていくという作戦は、考慮すべきかしら?」
ティオーナは、わずかに考え込んでから……。
「私が矢を射やすいように、お心遣い感謝いたします。ミーアさま……でも」
静かに視線を上げて、ゆっくりとした口調で続ける。
「ミーアさまは、おっしゃいました。帝国の栄光をオリエンス女大公に示せ、と。私は……ただ、それを成す覚悟です」
それから、ティオーナはふっと表情を崩した。
「それに、私は帝国貴族です。帝国軍のやり方は正々堂々、正面から……ではありませんか?」
「ああ。なるほど。ふふふ、言われてみれば、そのとおりですわね。正面から物量をもって、あくまでも王道の戦略で、でしたわ……。であれば、先着も的も、どちらも獲って物量で黙らせるのが帝国流ということになるのかしら……」
そんな、勇ましい乙女たちの会話を、東風は黙って聞いているのだった。




