第百三十話 腹心は着々と……
さて、話は少し遡る。
ミーアからの指示を受けたルードヴィッヒはすぐに動き出していた。
近衛数名を引き連れて、馬車に乗ろうとしたところで……。
「ルードヴィッヒ殿!」
背後から声をかけられて、立ち止まる。
振り返れば、若干の焦りを顔に出したキースウッドが走り寄ってきた。
「どちらへ? まだ勝負の最中だと思うのですが……」
「ああ、ミーア姫殿下よりご下命いただいたことがありまして……」
ルードヴィッヒは一瞬、考える。彼にこのことを明かしても良いものか……。
答えはすぐに出た。相手は、ミーアの盟友シオンの片腕だ。ここは、むしろ協力を仰ぐべきだろう。
「もしよろしければ、同行してもらえると心強いのですが……」
「それは、もちろん構いませんが……、しかし、いったいどちらへ?」
怪訝そうに眉をひそめるキースウッドに、ルードヴィッヒはおもむろに眼鏡を押し上げて……。
「前オリエンス大公夫人……ルスティラさまのお屋敷へ」
「ルスティラさま、ですか?」
呆気にとられたように目を見開くキースウッド。それはそうだろうな、とルードヴィッヒは頷いた。
「ミーア姫殿下より、お連れするように、との命を受けております」
答えつつ、ルードヴィッヒは、改めてミーアの命令を吟味する。
――驚くのはもっともだが……この指示は極めて合理的だ。
ルードヴィッヒは改めて思う。
――ナホルシアさまとの関係をとりなすことができるのは、現状ではルスティラさまだけだ。ミーアさまは、あえて不利な賭けに乗ったうえで勝利し……それからご自分の要求を通されようとなさっているのだろう。
なぜか? 理由はとても簡単で『無茶を通そうとしている』からだ。
――ルドルフォン辺土伯令嬢とサンクランドの王子の婚姻は、そもそもが無茶なことなのだ。
次期王妃が、帝国の地方貴族の娘というのは、サンクランド貴族からすれば納得しがたきことだろう。
貴族は体面にこだわるもの。名誉を重んじ、家格に囚われるもの。
いかにティオーナ・ルドルフォンの人間性が優れていようと、その友人関係が強固なものであろうと、弟が巨大な功績を立てていようと……。それよりもなお爵位に意識が向くのは、貴族であれば仕方のないことなのだろう。
恐らく、ミーアは王都での会合によって、その空気感を察知したのではないだろうか。
シオンの忠臣、キースウッドの賢明な計らいにより、ミーアは王都の有力者数名と面識を持つことができた。
そして、確認したのだ。
いかに、かの賢王エイブラムの治めるサンクランドの貴族とはいえ、その手の偏見と無関係ではいられない、と。
――ミーアさまは、お二人の結婚そのものではなく、そこから先のことを視野に入れておられるのだ。ティオーナさまが王妃となった後、少しでもやりやすいように、状況を整えようとされているのだ。
国を治めるには、領主たちの協力が不可欠だ。ゆえに、彼らを納得させる者の後押しが重要となってくる。
――保守派の中核を担うオリエンス女大公に支持してもらえるならば、それに越したことはないが……。
それはただで得られるものではない。娘の縁談を断られた件を考えあわせれば、非常に困難と言えるだろう。
――ナホルシアさまご自身とご息女たちとを納得させるために必要なことなこと、これは、ある種の儀式のようなものなのだろう。
一度、戦火を交えた後でなければ解決への議論ができなかった、などという考えをルードヴィッヒは否定する。
なぜなら、その戦で命を落とした者たちは言うだろう。
「なぜ、私が死ぬ前に、それができなかったのか?」
愛する者を失った者たちは言うだろう。
「なぜ、私の父が、夫が、息子が死ぬ前に……話し合うなどという簡単なことができなかったのか?」
と。
されど、此度の衝突は、あくまでも弓術の競い合いだ。
言ってみれば、騎馬王国の馬合わせのようなもの。極めて優れた、物事の『納得』の仕方だ。
――そして、これでも万が一、解決しなかった時のためのルスティラさま、ということだろう。勝負がこじれた時などに、仲裁に入っていただけるようにお呼びするということなのだろうが……あるいは……。
ルードヴィッヒはさらに推測する。
――ルスティラさまだけでなく、ナホルシアさま……、そのご息女たちにも混沌の蛇に対する共同戦線を広げようとお考えであろうか……。
その可能性も、決して否定しえないもののように感じる。
――いずれにせよ、俺はミーア姫殿下のお考えを実行に移すのみだ。
一つ頷き、ルードヴィッヒはキースウッドに目をやった。
「帝国の臣である私だけでは、いささか心配だったのです。キースウッド殿にもぜひご同行いただきたいのですが」
「なるほど。そういうことであれば、構いませんよ。ご一緒しましょう」
キースウッドは、なぜだろう、わずかばかり、安堵の表情を浮かべていた。
かくてミーアの忠臣ルードヴィッヒは、ミーアの命を受けて動き出した。
ミーアが、「どうやら、ルスティラさまという方は敵ではなさそうな感じですし……娘であるナホルシアさまにビシッと言っていただけば、良い感じに解決するのではないかしら……?」などと軽く考えていることなど、想像すらしていないのであった。




