第百二十九話 ミーアは腕の重さが気になるのである
「ミーア姫殿下が、参加なさるのですか……」
意外そうな顔でつぶやくナホルシアに、シオンがすかさず口を出した。
「これは、姫君同士の見応えがある勝負になりそうですね。オリエンス女大公」
チラリと目を向け、腕組みした。それから……。
「オリエンス家からは、イスカーシャ嬢とロタリア嬢が出るのでしょう?」
確認するように続ける。
「なぜ、そうお思いですか?」
「これは女の戦い、意趣返しだから口出し無用だとおっしゃっていましたから……。そうではないかと思ったのですが、違いましたか?」
「……いいえ、我がオリエンス家の代表はロタリアとイスカーシャに任せようと思っておりましたわ」
ナホルシアが嫣然と微笑む。
「そうか。これは、余計なことを言ってしまった」
シオンが爽やかな笑みを浮かべる。
「それでは、華やかな姫君たちの勝負、楽しみにしていようか」
そんなやりとりを見ていて、ミーアは気付いた。
――今のやり取り……、なるほど。勝ちに徹するのであれば、ここで私兵団を出すということもあり得たわけですわね。
月兎馬に熟練の騎手と練達の弓兵とを乗せて勝率を上げるということもあり得たのかもしれない。
――さすがに、そんな大人げないことをしないとは思いますけど……。
そうは思うが、その可能性はゼロとは言えない。ならば、念のためにその道を塞いでおいたほうが安心できるというものだ。
――ふぅむ、今のやり方は見倣うべきところがございますわね。隙を突かれぬよう、きちんと可能性を潰しておいたほうが心安らかでいられますし。大人げないとか、常識がどうだとかは、あくまでもわたくしの側の感性の問題。それに相手が従うとも限らない……。なにより、状況を確定させてしまったほうが、心安らかでいられますわ!
さすがは、秀才シオンだなぁ、やるなぁ……っと感心する小心者の戦略家ミーアであった。
そんなこんなで、ミーアは、アンヌを連れて乗馬服に着替えに向かう。
基本的に、着替えなんか、ちゃちゃーっと一人でできてしまう庶民派なミーアであるが、今回は時間稼ぎも兼ねているということで……。アンヌに手伝ってもらって、ゆっくりと、姫らしく着替えることにしたのだ。
「アンヌ、丁寧に着替えたいと思いますの。せっかくの弓術披露会という晴れ舞台ですから、できるだけ見映えよく、動きやすくしたいのですけど……」
「かしこまりました」
アンヌはキリリッとした顔をしてから、動き始めた。
さて、着替え始めてしばらくした時のこと……。
「あの……ミーアさま、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
おずおずとアンヌが話しかけてきた。
「あら、なんですの?」
鏡を眺めながら、きょとん、と小首を傾げるミーア。対して、アンヌは難しい顔をして……。
「馬上弓術は、普通の馬術競技より危険があるように思います」
「ふむ……まぁ、そこまでではないと思いますけど、確かに普通に乗馬するよりは危険かもしれませんわね」
そう認めれば、アンヌはそっと自らの胸に手を当てて……。
「ミーアさまには及びませんけれど、私も馬には乗れます。そのための練習もしていますから。それに、ティオーナさまとも一緒に馬に乗ったことがあります。ですから、ご下命いただければ、私がミーアさまの腕として、乗馬することもできます」
それから、心配そうな顔をするアンヌに、ミーアは、ああ、っと小さく息を吐き……。
「アンヌ……そうですわね」
頷きつつも、考える。
――まさか、重さの問題とは言えませんし……。なんと答えたものかしら……。
そうなのだ……ミーアは、自らの右腕の重さを心配して、自らの出場を決めたのだ。腕の重さ、すなわち、その腕のFNY具合を……。
だが、まさか、それを素直に言うわけにはいかない。
アンヌは専属メイドとはいえ、お年頃の女性である。重さを云々するのは、傷つけることになるだろう。
かといって、この申し出を無下に扱っては、彼女の積んできた努力を否定することになる。
ということで、慎重に言葉を選びつつ、ミーアは続ける。
「あなたの心配は、とても嬉しいですわ。それに、あなたはわたくしの腹心。大切な右腕ですわ。わたくしの代理を務めることも十分に可能でしょう」
まず、アンヌの日頃の努力をしっかりと認める。そのうえで、
「ただ、わたくしは……ティオーナさんのために、できる限りのことがしたい、と思いましたの」
友情のため……という体を取る。
ロタリアを教師として勧誘するため、ではいけない。それならば、アンヌに任せてしまっても問題ないということになってしまう。
けれど、友情のためならば、どうか?
友であるティオーナのために、自分がしてあげたいのだ、という言葉は、きっと否定できないはずだった。
「帝国臣民は、あまねくわたくしの寵愛を与えるべき対象ですわ。されど、それ以上にティオーナさんはセントノエルで共に学んだ学友であり、生徒会の仲間でもある。わたくしのために命を懸けてまで助けに来てくれた恩人でさえありますわ。であればここは、わたくしが一肌脱ぐ場面ですわ」
それから、アンヌのほうを見て、
「アンヌもティオーナさんとは親しくしておりますし、何かしてあげたいと思うかもしれませんけど……、ここは、わたくしに譲っていただきますわ」
悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。
さて……。そんな主従の会話を、こっそり聞いている者がいた。
「ミーアさま……」
更衣室代わりに使っていた小屋の前……馬上弓術の打ち合わせのために来ていたのは、射手を務める予定のティオーナ・ルドルフォンで……。
「私のために……」
小さくつぶやき、ティオーナは、きゅっと弓を握りしめるのだった。




