第百二十七話 三本目の競技は……っ!
「……あんな勝ち方があるのですか……」
砦の屋上に登ったナホルシアは、見事に射抜かれた的を眺めながら、つぶやいた。
おもむろに弓を引き、矢を放つ。鋭く飛んだ矢は狙い違わず、ナホルシアの的を射抜いた。
カン、カン、カカン。間を置かず響く、乾いた音は三度。
的の中心近くを一瞬で射抜く達人技を難なくこなすが……。
「比べてみると一目瞭然……。見事なものですね……的の中心を、こんなにも……」
砦の外から射たはずなのに、完璧に中心を射抜いている相手の的。対して、ナホルシアのほうは、ここから射たにもかかわらず、わずかだがズレがあった。
「あそこからこの的を射抜く方法があるなんて……考えもしなかった」
空を見上げる。
雲一つない青空、降り注ぐ日の光に目を細める。
――雨のように矢を降らす……。大空に放ったものは大地に引かれて落ちてくる。それを利用して、はるか上空から矢を落とす……か。
顎に手を当てて、考える。
「曲射というものがあると聞いたことがありますね。弓の数を揃えて、集団で敵を撃つ技術だと思っていたけれど……こんなふうに、自在に的に当てられるようになるなんて」
それから、砦の外壁に手を当てる。
「てっきり、職人たちがやり過ぎただけかと思っていたけれど、もしかしたら、こういうやり方を想定していたのかもしれない……」
砦を作った男たちの顔を思い出す。
なにか、悪戯を企んでいるかのような、会心の笑みを浮かべて、
「どこからとか、どんな順番でとか、的を射るやり方に決まりはありませんよ。射手が自分で考えて、最適のやり方を導き出す。それ自体が訓練ですぜ、女大公さま」
などと、親方は言っていたが……。
「どんなやり方をしても自由……けれど、このやり方は少しばかり難易度が高すぎますね」
苦笑いを浮かべるも……その胸にはなんとも言えない感情が渦巻いていた。
それは、幼き日、なにか新しいことを始めた日に覚えたような……、湧き上がる高揚感。
――弓は、もう十分に使いこなせるようになったと思っていたけど……上には上がいる、ということか……。私もまだまだということですね。
ひさしく覚えることのなかった純粋な向上心をわずかばかりに噛みしめて……。けれど、その感情もすぐに消える。女大公としての責任が、オリエンス家の歴史の重みが……。
いつかのあの言葉が、彼女を縛る。
高揚感は萎み、残るのは果たすべき義務感のみ。
オリエンス家女大公として、成すべきことを成さねばならないという想いのみ。
――私が勝って、手っ取り早く決めてしまいたかったのだけど……。
砦二階の的も見事に射抜かれていた。文句のつけようがないし、この完敗にケチをつけて翻すような真似は、サンクランドの正義にもとる行いだ。
――それはできない。他国の貴族ならばともかく……サンクランドの貴族として……オリエンス女大公として……、そんな恥知らずなことはできない。
「優れた武勇には、相応しき賞賛を……」
母であるルスティラに言われた言葉を思い出す。
「だから、負けは認めるべきでしょう。しかし、次の勝負に負けるわけには……」
考え込みつつ、ナホルシアは砦を出た。
一方、リオラのほうは先に外に出ていた。
縄を使うことなく、砦の二階から、ひょーいっと飛び降り、華麗に着地を決める。
「あっ、出てきましたわ!」
そんなリオラに、ミーアたちが駆け寄った。
「あ、ティオーナさま。ミーアさまも……」
心なしか、得意げに胸を張るリオラ。そんなリオラに、ティオーナが嬉しそうに声をかける。
「すごかったわ! リオラ。さすがね」
「ふふふ、それほどでも……です」
ちょっぴり照れくさそうに身をよじるリオラ。それから、ミーアのほうに顔を向ける。
「ティオーナさんのおっしゃるとおりですわ。さすがですわね、リオラさん。お見事な腕前でしたわ」
ニッコリ笑顔で、パチパチ拍手してみせると、リオラは引き締まった表情を浮かべた。
「帝国の栄光を、見せつけることができた、ですか?」
「ええ、十分ですわ。あれほどの弓術、世界広しと言えども、そうそう見られるものではございませんわ」
そう言ってから、ミーアはきっちり付け足す!
「我が帝国の! ルールー族の弓の腕前、きっとオリエンス女大公にも感心していただけたでしょう」
我が帝国の! をしっかりと強調しておく。
――あのディオンさんが、脅威と感じるほどの弓の腕前……。ティアムーン帝国の一員という意識をしっかりと持っていていただかないといけませんわ!
「そうですね。素晴らしい弓の腕前でした」
そんなミーアの称賛を認めたのは、他ならぬ対戦相手……ナホルシアだった。
ゆっくりと砦から出てきた彼女は、深々と頷いて。
「私の完敗でした。本当に見事な腕前、二本目は、帝国の勝ちですね」
その言葉に、ミーアはホッと安堵の息を吐く。
――そうでしたわ。これでまた時間稼ぎができる。あわよくば勝ってしまっても構いませんし、それが無理でも、ルードヴィッヒが間に合うかもしれませんわ。
ということで、時間稼ぎがてらミーアは尋ねる。
「次は、三本目の勝負ということですわね。内容はどんなものなんですの?」
「そうですね。例年行われている弓術披露会の、三本目の競技は……」
一度、言葉を切ってから、
「馬上弓術です」
厳かな口調で、ナホルシアは言った。




