第百二十五話 ティオーナの専属メイドとして
帝国革命期において、帝国兵を最も多く殺したのは誰か……?
その問いの答えには議論の余地はない。
数多の殺された帝国兵たちは、一人の名前を挙げるだろう。
革命軍の鬼神、ディオン・アライア。
時に騎兵を、時に歩兵を、時に弓兵を……己が前に立ちふさがるあらゆる兵を区別なく、一太刀の下に斬り伏せた最強の男は、戦場の恐怖の象徴であった。
だが、帝国革命期において、もっとも多く『帝国軍将帥』を殺したのは誰か……? と問われれば、別の人物の名が挙げられることになるだろう。
革命後、解体された黒月省には一つの指示書が残されていた。
『ルールーの亡霊』による被害は極めて甚大である。今年に入り、将の犠牲者はすでに十を越えている。百人隊長まで範囲を広げれば、未確認のものを含め、その数はさらに増えるだろう。
ゆえに、各部隊の指揮官は可能な限り、かの者の目に入らぬよう、後方で指揮を執るように。
黒月省より各部隊司令官への通達
ルールーの亡霊――リオラ・ルールーこそが、帝国軍の将官を最も殺した者の名だ。
兄の形見の弓を使った敵指揮官に対する徹底した精密狙撃により、帝国軍の士気を地に堕とした彼女は、この時代、ある意味ではディオンよりも恐れられた人と言えるだろう。
さて、世が世なら、かのディオン・アライアすら驚嘆させる弓名人であったリオラであるが、そんな彼女は、ナホルシアの弓の腕前を見て純粋に驚いていた。
――あの人、弓を射るの上手だなぁ……。
そんな素朴な感想を抱く。
――あの腕前なら、うちの村でも普通にやっていけるんじゃないかな。
弓上手が集まるルールー族の一員になっても、そこまでは遜色ないのではないか、と、リオラはナホルシアを評する。
……ちなみに、そのリオラ自身は、ルールー族の中でも、さらに上澄みの上澄みに位置する人であったりする。
そもそもの話、辺土伯とはいえ、帝国貴族であるルドルフォン家のメイドに選ばれたのだ。それは言うなれば、一族を代表して他国に送り出された人材と等しいもので。こう見えて、リオラはルールー族の中のエリートと言っても過言ではないのだ。
もちろん、多少、慣れないメイド仕事でドジをすることはあったが、その身体能力や機転、なにより弓の腕前に関しては他の追随を許さないものがあるのだ。
「あ、あのー、リオラさん……。次は、リオラさんに行っていただこうかと思っているのですけど……」
ふと見ると、ミーアがおずおずと言った様子で話しかけてきた。若干、不安そうな様子で、
「その、勝てそうかしら……? ナホルシアさまに……」
リオラは、改めてその顔を見つめる。
――ミーア姫殿下、初めてお会いしてからずっとティオーナさまを助けてくださった方。そして、私たちの村を救ってくださった、大恩ある方。
感謝してもしきれないほどに恩を受けた人を安心させるため、リオラは深々と頷いた。
「大丈夫、です。帝国の栄光をオリエンス女大公に示してくる、です」
ティオーナの想いを成就させるため、大恩あるミーアの思惑を達成するため。
そのために、自分の弓の腕が用いられるなら、これほど嬉しいことはない。
そうなのだ、リオラは密かに燃えているのだ!
「あいつに、目に物見せてやる、です!」
ついつい、言葉が強くなってしまう。っと、ミーアが眉をひそめて、
「あー、ええと、リオラさん……。一応言っておくと、先ほどナホルシアさまは、本気でティオーナさんを貶そうと考えてはいなかったと思いますわよ。だから……」
「はい、大丈夫、です。わかってる、です」
心配そうな顔をするミーアに、リオラはニッコリ頷いた。
ミーアの言わんとしていることは、なんとなくわかっていた。
――さっき、あの人は辺土伯の娘は王子の相手に相応しくないって言った。でも、言葉にそれほどの悪意は感じなかった。
シオンを始め、他のサンクランド貴族にも見られる傾向だが、彼らは辺土伯という爵位をことさらに見下すようなことはない。むしろ、助けてくれることのほうが多いような気がする。
恐らくは、正義の国の貴族としては、不当に低く扱われる者は擁護すべきという立場なのだろう。
だから、リオラとしてはそこまで強い敵意を抱いてはいなかった。
――たぶん、政治的な駆け引きで言ったことなんだろうな……。
そう納得してもいた。頭では……。
そう……納得して、いたのだが……。
――でも、まぁ、それはそれとして。言葉の落とし前はつけてもらおう。
やっぱり、ティオーナを下に見るような発言は放置できない。ただでは、すまさない!
まして、相手を打ち負かすことが帝国の栄光を示すことになり、大恩あるミーアのためにもなるというのであれば是非もなし。
――全身全霊をかけてやろう!
リオラは、そっと背負っていた袋から、一つの弓を取り出した。
それは、彼女の兄が使っていたもの、ではなく、彼女がルドルフォン家に行く際に村の人たちが持たせてくれた餞の弓だった。
「村のみんなから贈られた特製の弓を使って……」
言葉を間違えないように、リオラは大陸共通語を頭の中に思い浮かべて……。
「ぶっつぶしてやる、です!」
自身の心と合致する完璧な一言を口にする、っと、ミーアはやっぱり不安そうな顔をするのだった。
かくて、第二戦目が始まる。
サンクランドの天才、ナホルシア・ソール・オリエンス 対 革命期に帝国軍を恐怖させたルールーの亡霊――否……主にして友であるティオーナのため、また、ミーアに恩返しをするために心を燃やす少女。
ティオーナ・ルドルフォンの専属メイド、リオラ・ルールーの。
あけましておめでとうございます。
今年も頑張ります。




