第百二十四話 包囲網ができつつあるような……
――はっ、早くも追い詰められてしまいましたわ。ぐぬぬ、ナホルシアさま以外で一勝しておきたかったですわ。そうすれば、仮にナホルシアさまに負けたとしても、最終戦に持ち込むことができましたのに。
オリエンス家最強らしいナホルシアの前に、なんとか一勝できていれば……っとついつい考えてしまうミーアであったが、そこで、深々と息を吐く。
気分を落ち着けるためにクッキーをじっくり味わいながらサクリ、モグモグ、モグモグ、モグモグモグ、ゴクリ……。いつもの三倍の時間をかけて、じっくりと甘味に心を向けた後……改めて考える。
――焦ってはいけませんわ。ここは落ち着くべきですわ。セドリック卿の腕前がナホルシアさまに並ぶものであった場合、仮にこちらの最強戦力たるリオラさんをぶつけても、腕力的に不利になる。勝負の内容的にリオラさんの実力を発揮しきるものではなかったかもしれませんわ。それに、士気を上げるためにも、ここはナホルシアさまを、こちらの最強の人材で叩いたほうが効果的なはず!
そうなのだ……ミーアはこう見えて駆け引き上手な恋愛大将軍なのだ。
恋も、勝負ごとも駆け引きである点は同じ。
そもそもの話、この勝負だってティオーナの恋を賭けた勝負なのだ。であれば、恋愛大将軍ミーアの守備範囲内なのである。
この程度の駆け引きなど、恋愛大将軍ならばお手のものなのだ。
もっとも問題は、ミーアがハリボテの恋愛大将軍であるということなのだが――まぁ、些細な問題なのである!
「それでは、二戦目に行きましょうか。では、次の会場へどうぞ」
そう言って、ナホルシアが歩き始めた。その背を追ってついていくと、ほどなくしてその施設が見えてきた。
「まぁ、あれは……」
それは、太い丸太を組んで作った砦のような施設だった。一般的な民衆の家屋より、一回り大きく、壁が斜めに傾いているので、頑張れば二階まで登れそうな感じがする。
「ふふふ、これは、ちょっと楽しそうですわ……」
現在、ミーア学園でパライナ祭準備をしている子どもたちなら、すごく喜びそうかも! っと思うミーアだったが……ふと振り返ると、
「わぁー! すごいすごいです! リーナちゃん、あれ、すっごく楽しそう!」
なぁんて、きゃあきゃあ歓声を上げている孫娘の姿があった。はしたなく、ぴょんぴょこ跳びはねて、実に……実に! 楽しそうだ。
心なしか、先ほど親友と恋バナをしていた時より、声が生き生きしているような気がする。
――ベルは……将来、どんな相手と恋に落ちるのかしら……。ふぅむ、まぁったく想像できませんわね。わたくしの孫娘なのに不思議な話ですわ。
わたくしは、まっとうに恋愛してるのに、どうして……? などと首を捻りつつも、ミーアはナホルシアの後について砦に近づく。
砦に向かう途中には、藁できた兵士の人形が立っていた。その体に付けられた的は、塹壕に隠れていて、真横から射ても当たらなそうだ。
「これは、当てづらそうですわ……」
「それも訓練です。高台から狙うか、もしくは接近して横から打ち抜くか……。砦外に配置された兵士の的が五つ。そして、砦の中に七つ。合計で十二の的が設置してあります」
ナホルシアが指さした先、砦の上方、屋上の城壁に隠れるように的が立っているのが見えた。
「これも戦場を再現してあるということですわね……。ちなみに、砦の的の位置は事前に教えてもらえるのかしら?」
「もちろんです。こちらへどうぞ」
そう言うと、ナホルシアは砦の、斜めの外壁を縄を伝って登っていく!
「おお! 縄を使って……。本格的ですね!」
ベルの嬉しげな歓声を尻目に、ミーアも縄を伝って砦の中へ。
外壁は、急な坂道といった具合で、登れないことはない、という造りになっていた。恐らくこれは、訓練所としての体裁を整えるためのものだろう。
登り切って、ふぅっと一息。
――これは、なかなかの運動量ですわ……。足と腕がパンパンになりそうですわね。
と言いつつ、ミーアは硬くなっていそうな二の腕をFNYFNYしてみるが、別に硬くなっていなかった。
ふと気になって、ナホルシアのほうに目を向ける。っと、なんというか……シュッとしていた! こう、全体的に引き締まっているような気がする!
――なるほど……この施設の効果が出ているということかしら……? しかし、このような施設で運動するのは疲れそうですわね。ううむ……。
などと考えごとをしつつ、視線を巡らせてみる。っと、柱の陰、右に二つ、左に二つ。対称に的が置かれているのが見えた。
「この施設は基本的には、二人で並んで競争できるように作られています。射角が相手に向かないよう、中央から外側に向かって矢を放つようになっていまして……」
それから、奥に据え付けられた細い階段を上り砦の屋上へ。二人並んでは登れなさそうなので、この階段にいかに早く辿り着けるかが勝負の分かれ目になりそうだった。
屋上には、こちら向きに的を付けた人形が三体ずつ設置されていた。砦の外に背を向けているので、的を射抜くためには、この階段を上ってここまで来なければなそうだった。
――しかも、的が、ほんのわずかに傾いておりますわ。ほんの少し上を向いてるから、下からは狙えないということですわね。
階段を登らせて、屋上まで来させようという、建築した者の強い意志を感じる。
「これは、良い運動になりますわね……」
ふーぅ、っと息を吐き、額の汗を拭う。それから、チラリとティオーナとリオラのほうに目をやると、二人とも真剣に的の位置を確認していた。
「一応は、できるだけ実戦に即したものを、と考えて、いろいろな状況を想定していたのですが……。しかし……これは凝り過ぎてあり得ない状況になってしまっていますね」
ナホルシアは苦笑いして首を振った。
「職人が悪ノリしてしまったようで……」
「ふふふ、確かにそうですわね。ともあれ、先ほどのようにじっくり狙えるわけでもなく、ただ的を射抜けばいいというだけでもない。頭と体を使いながら、早さを求めていかなければならない、ということですわね。これはこれでなかなかに面白そうですわ」
もっとも、疲れそうだから、自分でやるのはちょっと……っと思うミーアであったが……ふと、背後から、アンヌの小さなつぶやきが聞こえてきた。
「……的に弓を放つかわりに、タッチしていくのがいいかな。上り下りもあるし、足や腕も動かせて……うん、いい運動になりそう。縄を使って上るから二の腕とかも……うん」
「あら? アンヌ……なにかおっしゃいまして?」
「いえ、なんでもありません。全身を満遍なく動かすのがいいと聞きますから、タチアナさまに相談してみますね、ミーアさま」
「……ん?」
はて? 何を相談するんだろうなぁ? なんのことなのかなぁ? と首を傾げるミーアに、アンヌは力強く頷く。
頼りがいのある忠義のメイドの顔に……なぜだろう、ミーアは少しばかり怖さを感じるのであった。
それでは、良いお年を!




