第百二十二話 ミーアの一口分より小さな的
「やれやれ、まったく、なぜ、こんなことになったのか……」
珍しく、シオンが困り切った顔をしていた。自身の色恋が招いた自体が、思ったより大きなことに発展してしまい、頭を抱えているようだった。
「ふふふ、シオン、そんなふうに愚痴を言っている場合ではございませんわよ。この弓術勝負について、あなたにできることはないのですから、その間に次に備えておかなければ……」
「わかっている。君たちが勝ったところで、ナホルシアさまが納得するとも限らないからな。勝つことは前提で、そのうえで、なんとかナホルシアさまたちに納得してもらえるように考えておくさ」
「ふふふ、信じておりますのね、ティオーナさんのこと……」
からかうように笑えば、シオンは肩をすくめてみせた。
「君だって信じたんだろう? だから、俺もそれに倣おうというだけさ」
そう言われ、ミーアは、ええ、まぁ……と曖昧な返事を返す。
実際のところ、ミーアに言わせれば、信じざるを得ないというのが本音であった。正直、勝負がどうなるかはわからないわけで……。
――どちらかというと、勝った場合と負けた場合と、両方備えておくのがベストではありますけど……。今回は負けていただくと困りますし……。
ということで、士気を下げるようなことを口走らぬよう、あえてミーアはティオーナらの勝ちを疑わないようにしているのだ。
「ええ、無論、みなさんなら上手くやってくれると信じるのが、わたくしの基本スタンスですもの。勝ってくれると信じておりますわ」
内心をおくびにも出さずにニッコリ笑うミーアである。
「まぁ、それは良いんだが……、信じているにしても少しぐらい愚痴るのは、許されるんじゃないかな?」
なぁんて、大変、大変珍しく弱気になっているシオンである。
かつて、自分のアプローチにまぁったくなびかなかった男の弱っている姿に、ミーアはにんまーりと意地の悪い笑みを浮かべて、
「それならば、今日終わったらたっぷりティオーナさんに聞いていただきなさい。素直に弱みを見せられるよう、予行演習をしておくとよいですわ」
ミーアの中、眠れる悪役令嬢の魂が荒ぶっていた! 対して、シオンは、ぐむっとなんとも言えない顔をするのだった。
「それでは、三本勝負について説明いたしましょうか。と言っても、そう難しいものではありません。さまざまな弓の技術が身に付けられるよう、この練兵場は作られましたから、それを使って弓の腕を競い合おうというわけです」
「なるほど。実戦的な競技ということですわね」
それならば、実際の戦場で鍛えられた近衛兵が、有利なのではないだろうか。
「一番弓の競技は、遠射ちです。遠距離から射た矢の命中数を競うものです」
「ほう……遠距離から……。ちなみにですけど、距離は、どれほどですの?」
「そうですね……。せっかくですし、この練兵場最高距離の二百mでいかがでしょうか? どうぞ、こちらへ」
言いつつ、ナホルシアが歩き出した。ミーアたちも後をついて行く。やがて、小高い丘のような場所に立ったナホルシアが指さした先……そこには!
「…………あら? なにも、見えませんわね」
それでも、目を凝らすと、もしかして、あれかな? というものがあった。
なんというか……ものすごぉっく遠くに、ミーアがいつも一口でペロリとするクッキーの厚さよりも薄くなった人型の的が突っ立っていた。ちなみに、パティはそのクッキーを三つぐらいに割って食べているが……まぁ、それはともかく。
つまり何が言いたいかと言えば、本当に小さいということが言いたいのだ!
「ここから、あの的に当てるというのは、さすがに……」
無理では……? と言おうとしたミーアであったが、直後、ナホルシアが弓を手に取り、一射!
空高く、放物線を描いて飛んだ矢は、吸い込まれるようにして的に……刺さった!
「ははは、すごいな。一発必中とは、さすがは我が妻、ナホルシアだ」
セドリックが、歌い出しそうな楽しげな口調で言った。
「別に驚くことでもないでしょう。あなたでも、このぐらいはできるはずよ?」
事も無げに言うナホルシアに、セドリックは苦笑いを浮かべた。
「さすがに、もう少し狙う時間が欲しいところだけれどね」
そのやりとりを見て、ミーアは……戦慄した!
――あ、あら……? もしや、ナホルシアさんの腕前って、かなりのものなのでは?
ミーアは、ハッとして、ディオン推薦の近衛兵のほうに目を向ける……っと。
「いやぁ……あれはさすがに無理です」
ディオンの百人隊出身で、皇女専属近衛隊の中でもトップクラスの腕前を持つというその兵士は、お手上げといった感じで首を振った。
「っていうか、あれ、隊長でも無理じゃないですか?」
逃げ場を求めるように、ディオンのほうに目を向ける。っと、
「んー、五射なら二本、十射なら七本ってところかな」
「調整に三射で行けますか?」
「この距離ならな。どちらにしろ、初撃を当てるのは無理だ」
ディオンも苦笑いで答える。
――先ほどのナホルシアさまとセドリックさんの言葉を鑑みるに……お二方ともに相当な腕前ですわ。あら? もしかして、これ、ヤバいのでは……?
などと焦り出すも……ミーアは懸命に考える。
――ナホルシアさまより、セドリックさんのほうが腕前が劣る、みたいなことを先ほど言っておりましたけど、あれはこちらを騙すためのものかしら? それとも……。ここは、ナホルシアさまには誰を当てても負けるという想定で、セドリックさんから勝ちを拾うのが良いのではないかしら……いえ、しかし……。
ミーアは改めて、小さな的に目を向ける。
――この距離を飛ばすには、狙いを付ける能力に加えて、単純な膂力が必要になるはず。リオラさんやティオーナさんが力を発揮できる競技ではありませんわ。ならば、ここは近衛隊の彼を出すのが良いはず。勝負は時の運とも申しますし、なんとか勝っていただければ……。
っと、一縷の望みをかけるミーアであったが……。
さすがに無茶が過ぎたので距離を減らしました。




