第百二十一話 ディオン将軍は弓名人! なんと一発で射止めたらしい!
――まぁ、女大公を呼び捨てに……いったい何者かしら?
スラリとした長身、口元の綺麗に切り揃えたちょび髭と、片眼鏡が特徴的な優男だった。
どこか優雅さを感じさせる歩みでやってきた男は、ナホルシアに穏やかな笑みを浮かべる。
「今帰ったよ、ナホルシア」
「セドリック……あなた、なぜ、ここに? ヴェールガ公国に行ってもらっていたはずだと思っていたけど……」
怪訝そうな顔をするナホルシアに、男は困り顔で首を振った。
「実のところ、悪だくみをしていたのをヴェールガの聖女さまに見つかってしまってね。追い出されてきたのさ。ははは」
――ヴェールガの聖女さま……ラフィーナさまに咎められたわけですわね。それはお可哀想に……。
っと、心の中で同情していると……。
「もっとも、そのおかげでこうして面白そうな場面に間に合ったわけなんだけど」
彼はおもむろにこちらに目を向け、まずはシオンのほうにかしこまった仕草で頭を下げる。
「シオン殿下、ご無沙汰しております」
「ああ……セドリック卿」
「道中で、ナホルシアから送られてきた報せを受け取っておりますゆえ、大体の事情は把握しております。此度の縁談の件……父として安堵すると同時に大変、残念に思います」
ギロリッと鋭い目でシオンを見つめて……。
「愛する娘が他の男のものにならずに済むというのは、まことに歓迎すべきこと慣れ度……我が娘……ロタリアのどこが気に入らなかったのか、私にはまるでわかりませぬな。いずれは、納得のいく答えをいただけるものと存じておりますが……」
「ああ、それはもちろん、心得ているとも」
そんなシオンの答えに満足そうに頷いてから、男はミーアのほうに顔を向けた。
「お初にお目にかかります、お嬢さま方。私はセドリック・ソール・オリエンスと申します」
「まぁ、ご丁寧に。わたくしは、ティアムーン帝国皇女、ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ」
ミーアに続き、ご令嬢たちが次々と挨拶をする。
「あなたさまが、噂に名高き帝国の叡智、ミーア姫殿下でいらっしゃいますか。お噂はかねがね」
「ふふふ、恐縮ですわ。しかし、オリエンス……ということは」
「はい。ナホルシアの夫です」
セドリックは、そう言ってニコリと品の良い笑みを浮かべた。いかにも紳士然とした態度、柔らかな物腰にその顔もどちらかと言えば優男であって……特に威圧的な印象はない。
にもかかわらず、なんとも言えない雰囲気のある男だった。
こう、言うなれば余裕というか。女傑と言われるナホルシアの迫力に決して劣らない空気をまとっているような、そんな感覚があったのだ。
「話は途中から聞かせてもらいましたよ。弓の三本勝負とは。これは、オリエンス家の人間として、ぜひ参加しなければならないでしょう」
そう言うと、セドリックは娘、イスカーシャのほうに歩み寄る。
「ここはぜひ、一番手は私に行かせてもらおうか。構わないだろう? カーシャ。パパをそこで応援しておくれ、ロッテ」
「……え、ええ、よろしくお願いいたします。お父さま」
若干、固い声で答えるイスカーシャと、
「が、頑張ってください。応援します、お父さま」
っと、微妙に笑顔を引きつらせるロタリア。
そのままイスカーシャの弓を手に取ると、その場で無造作に一射。
なんの緊張もなく、まるで弓が腕の延長であるかのように、流れるような動作で二射、三射。
放たれた矢は美しい軌跡を描いた。寸分違わぬ軌道で飛んだ矢は、的の上、重なるように突き立った。
「娘たちに……パパの格好いい姿を見せる絶好の機会だ。存分に生かさせてもらおう」
ウキウキ顔で、洒落たウインクをするセドリックにロタリアとイスカーシャが……こう……苦虫を噛み潰したような、げんなりした顔をした!
――あっ、この方、お父さまと似たようなタイプですわ!
ミーア、即座に察する。相手が、娘のためならば限界以上の力を発揮するタイプであることを。
っと、シオンがわずかながら声を落として囁いた。
「まずいぞ、ミーア。セドリック卿は、弓の達人と聞いたことがある」
「まぁ、達人……? あの方がですの?」
確かに、先ほどの弓の腕前は見事な物だったが……。そんな男が、溺愛する娘のために、矢を射る……?
――あ、あら、これ……まずいのではないかしら?
ここに来て、ミーアは焦り始めた。
ミーアの計算では、ディオンとリオラの勝利は確定、とどめをティオーナが刺す感じで良いかと思っていたのだが……。もしかすると、まずいかもしれない!
気分を落ち着けるために、紅茶を一口。それから、手を挙げて帝国最強の騎士を召喚する!
「ディオンさん、出ていただけるかしら?」
そう尋ねると、ディオンは珍しく、渋い顔をする。
「いや……正直なところ、それは遠慮したいですね」
ディオンは、それから、セドリックのほうに目をやった。警戒からだろうか……その目は、鋭い眼光を放っていた。
「あいにくと、剣ほどには、弓に自信がないものでね」
「まぁ! それは謙遜というものかしら?」
「だったらよかったんですがね。例えば、僕は馬も乗れますが、騎馬王国の者にはかなわない。あの狼使いや騎馬王国の者たちに馬上戦闘を挑まれれば、苦戦すると思うんですよ。船の上なら、あのカルテリアのほうが実力は上でしょうし……」
「得意な得物、得意な地の利では負けないけど、他ではそうではない、とそういうことかしら……あら? ……そうだったかしら?」
ミーア、小さく首を傾げる。
船の上にしろ、馬の上にしろ、ディオンが苦戦しているところを見た記憶がまぁったく! ないのだが……。
っと、その横合いから、まるで煽るような笑みを浮かべた、シュトリナが進み出た。
「あら……帝国最強を名乗る人が、ずいぶんと弱気ね。あのディオン・アライアともあろう者が最初から負けを認めるなんて……」
そんなシュトリナに、若干、生暖かい目を向けてしまうミーアである。
――ふぅむ、なんだかリーナさんは、ディオンさん関係ですと、余計なことに首を突っ込みがちですわね。
などと思っていると案の定、シュトリナの後ろからひょっこり顔を出したベルが……。
「そうですよ。ディオン将軍は、奥方となる方のハートを見事、一矢で射抜く弓名人なんですから。それはもう、一発で射抜かれて、コロッと行っちゃったって評判ですよ? ね、リーナちゃん」
「……なっ、どうしてリーナに話を振るの? っていうか、ベルちゃん、それ、本当?」
「はい。よく有名な話ですよ。ボクの親戚筋ではみんな知ってて……」
「よっ、よく、知られた……話? そんな……」
なぁんて……きゃあきゃあかしましいご令嬢方を見て、呆れた顔のディオンだったが、すぐに真剣な顔になって、ミーアに耳打ちしてきた。
「……それはそれとして、正直、ご令嬢たちのそばをあまり離れたくないんですがね」
「それは、どういう意味かしら……?」
「滅多なことにはならないとは思いますがね……弓の達人が何人もいて、姫殿下と敵対する者もいる。ここは、少々、護衛に専念したいと思いまして、ね」
そう言うディオンの視線の先、居たのは、シュトリナとじゃれ合うベルの姿だった。
ミーアの脳裏に、かつての廃城の記憶が甦る。
――なるほど、弓矢というのは……偶然ですけど、確かに嫌な符合かもしれませんわね。ふむ、であれば……。
一つ頷き、それからミーアはディオンに言った。
「なるほど。それでは、専属近衛隊の中から腕利きの射手を選んでいただけるかしら?」




