第二話 激キュン! ミーア姫!
ベッドから起き上がったミーアは、迅速に行動を開始した。
まず、彼女が向かったのは言うまでもなく……お風呂だった。
「いつでもお風呂に入れるというのは、やっぱり素晴らしいことですわ!」
ちなみに……、風呂好きなミーアは朝起きて一番に風呂に入る。
血行を良くするために、朝起きてすぐ熱めの湯を浴びることは、セントノエルでも推奨されていることではあるが、ミーアの場合は一味違う。
「ああ、なんか、体がポカポカしてきて……ちょっぴり眠くなってきましたわ」
などと言って、そのままベッドに戻ってしまうのである。
自堕落の極みと言えるだろう……。
まぁ、それはそれとして……。
少しばかり急ぎ目の入浴だったものの、ミーアは普段の肌艶と、髪の輝きを取り戻した。
さらに、新しい洗い立てのドレスに身を包み、精いっぱいのオシャレをしてから、ミーアはラフィーナの部屋に向かった。
「ああ、来たわね、ミーアさん」
「ご機嫌よう、ラフィーナさま。お茶会へのお誘い、感謝いたしますわ」
スカートのすそをちょこん、とつまみ、優雅に礼をして、それから部屋に足を踏み入れる。と、
「やあ、ミーア、久しぶりだね」
「まぁ! アベル、もう来ておりましたの?」
「さっきついたところだよ。それにしても……、ミーア、今日はいつにもまして綺麗だね」
そう言って、アベルは爽やかな笑みを浮かべた。
それを見たミーアは……、一瞬で頬を赤く染めた。
「まっ、まぁ! まぁっ! アベルったら、ずいぶんと口が上手くなりましたわね。そういうこと、あんまり女の子に言わないほうがいいですわ。軽い男と思われてしまいますわよ!」
アワアワしつつ、そう言うと、アベルはいかにも傷ついたという顔をして、
「誰にでも言ってると思われるのは心外だ。本当に思ったから、そう言っただけだよ」
そんなことを言うものだから……、ミーアは口から、ほぁあっと声にならない息を漏らしてしまう。
――なっ、なっ、なんですの、やっぱり、アベル、ちょっと天然なんですの? と、突然、そんなこと、人前でっ!
などと、恋に戯けているミーアの耳に、小さな咳払いが聞こえた。
「あー、ミーア姫殿下……、我が主をあまりないがしろにしないでいただけますか?」
「あら! キースウッドさん、あなたもいらしてましたの? それに、ああ……シオン。あなたまで?」
そんなミーアの反応に、しゅんと肩を落としたシオンは、キースウッドに言った。
「……キースウッド、俺は、婦女子にモテたいなどと思ったことはない。というか、言い寄ってこられると煩わしくさえ思っていた……。だが、なんだろう、俺はもしかして、かなり恵まれていたのだろうか?」
そうして、シオンは、しょんぼりうつむいた。罪悪感を刺激されてしまったミーアは、大慌てでフォローを入れる。
「もっ、もう、冗談ですわ。シオン、真に受けないでくださいな。あなたにも会いたかったですわ。元気そうでなによりですわ」
っと、次の瞬間、シオンは顔を上げ、したり顔で言った。
「なに、気にすることはない。こちらも冗談だ」
「なっ!」
「そして、俺の方も会いたかったよ。ミーア。君も元気そうで何よりだが……、しかし」
にやり、と笑みを浮かべてシオンは続けた。
「ミーア、君は相変わらずお人よしだな」
「なっ!!」
ミーアの顔が、再び赤く染まる。
いわゆる≪激おこ≫である!
――こっ、こいつ! 前より性格が悪くなってませんこと!? まさか、わたくしに蹴られたことを、まだ根に持っているんですのっ!?
ミーアが言い返そうとした、その瞬間、ぽん、とミーアの肩に手が置かれた。
振り返ると、そこには、アベルが不思議そうな顔をして立っていた。
「何を言ってるんだ、シオン王子。そこがミーアのいいところじゃないか」
「はぇ……?」
再びのアベルの甘い言葉に、ミーアは再び声を失った。
その頬がさらに赤くなり、口から、ほぁあっと息が漏れる!
いわゆる≪激キュン≫である!
……そんな単語はない。
とまぁ、そんな甘々恋愛空間に酔っていたミーアは、完全に油断していた。
血染めの日記帳が消え、断頭台の恐怖から解放され……、また、危険地帯であるレムノ王国からも無事に脱出したミーアの危険察知の嗅覚は、今は完全に眠ってしまっていたのだ。
なにも、冬眠するクマ状態だったのは、ミーア本体だけではなかったのだ。
けれど……、直後に、それは覚醒する。
「失礼いたします。え? ミーアさま?」
さらに遅れて部屋に入ってきた人物、それはティオーナ・ルドルフォンとその従者、リオラ・ルールーだった。
「まぁ、あなたたちも招待されておりましたのね。ティオーナさん、セロ君はお元気かしら?」
「あ、はい。ミーアさまのお建てになる学校を楽しみに、勉学に励んでいます」
「そう、それは何より……あら?」
ふいに……、ミーアの背筋に寒気が走る。
――なんでしょう……、この顔合わせ、なんか、ちょっと引っ掛かりますわ。
シオンとアベル、それにティオーナ……。それは、レムノ王国に乗り込んだ際にミーアに同行した者たちばかりで……。なんとも不穏な顔合わせで……。
けれど、逃げる暇はなかった。
「そろったようですね。それでは、お茶会を始めましょう」
にこやかに告げるラフィーナ。
その瞬間、ミーアは、自分が新たなる危険の渦中に吸い込まれていくのを感じた。
次は水曜日に投稿いたします。