第十五話 お茶会
その日、ミーアはティアムーン帝国四大公爵家の令嬢、エメラルダ・エトワ・グリーンムーンの誘いを受けて、お茶会に来ていた。
貴族の令嬢にとって、お茶会はステータスである。
名のあるお客を招くことができれば、それだけ権力を示すことができる。その意味で、皇女であるミーアは人気者だった。
広大な庭の一角で開かれたお茶会には、たくさんの門閥貴族の令嬢が集っていた。
「それにしましても、ミーア様、ずいぶんと思いきったことをなさったとか……」
お茶会の主催者、エメラルダは、碧月水晶色の髪をふわり、と波打たせながら言った。
「はて、なんのことですの?」
紅茶を一すすりしつつ、ミーアは涼しい顔で首を傾げる。
「聞いておりますわよ、先日の貧民街のこと」
公爵令嬢は、ほほほ、と笑って言った。
「けれど、どうして、あんな無駄なことを? 民草のために大切なかんざしを差し出されたとか? 父上も首をひねっておりましたわ」
「ああ、あれですの……」
「ただの気まぐれだとは思いましたけれど、ミーア様のことですから、なにか深い意味でもあったのではないかと、私、ずっと考えておりましたの。けど、どうしても理由が思いつかなくって……」
ずずい、と身を乗り出すエメラルダ。
正直なところ、ミーアは彼女のことが好きではなかった。
なにしろ、彼女、ミーアの一番の親友と周囲に言いふらしながらも、革命が起こるや否や一番に裏切った人なのである。
好きになれるはずもない。
だから、正直なところお茶会になども来たくはなかったのだが、かといって簡単に断るわけにもいかない。なにしろ、彼女は、皇帝一族に次ぐ大貴族の令嬢なのだ。
なので、今日のミーアの目標は、なるべく労力をかけずに無難に過ごすこと、であった。
ということで……、
「深い意味などございませんわ。ただ、わたくしは心のおもむくままに行動したまでのこと」
などと、適当に答えておく。
意味は、やりたいからやった、文句あっか? この野郎……、という辺りである。
相手がルードヴィッヒであれば、答えに注意する必要があれど、貴族の娘たちが相手ならばこのぐらいで十分である。
「素晴らしいですわ、さすがはミーア様。お心が広い」
「民草のことにまでお気を使われるなんて、私たちには真似できませんわ」
取り巻きの貴族のご令嬢たちが口々にほめたたえるのを聞き流しつつ、
――あー、早く終わらないかしら……。
ミーアは内心でため息を吐いた。
「お疲れ様です、ミーア様」
帰りの馬車に乗りこんで早々、アンヌが話しかけてきた。
「肩がこりましたわ」
首をぽきぽき鳴らすミーアに、アンヌは同情めいた目を向けた。
「やっぱり、ミーア様もあの空気、なじめないんですか?」
別になじめないわけでもない……、というか、むしろミーアはあちらの空気の中で育ってきた人間である。
だから、アンヌの物言いが、なんとなく気になった。
「やっぱり、とはどういうことですの?」
手渡されたおみやげを確認しつつ、なにげない口調でミーアが尋ねると、
「ミーア様とあの方たちとでは、違いますから」
――あら、氷菓子ですわ。これ、美味しいんですのよね!
などと、不真面目なことを思っているうちに、アンヌの話は続く。
「あの方たちは、自分から貧しい者の住む場所に足を運んだり、憐れみから自分の持ち物を恵んだりなんて、決してしないはずです。ミーア様とは違います」
「そっ……、そうですの?」
きらっきらの瞳で力説されて、ミーアは思わずうろたえた。
なにしろ善意で行動したことなど、ただの一度もないミーアである。
そんなつもりはないのに手放しの賞賛を受けてしまうと、いたたまれないというか、なんと言うか……。
アンヌの純粋な信頼感を前に、ミーアの良心がぐらぐら揺れた。
結果、バランスを取るために、なんだか無性に良いことがしたくなってしまって……。
「……では、優しい姫殿下が特別に、これをあなたに下賜いたしますわ」
お土産の氷菓子をアンヌに差し出してしまった。
「えっ? いいんですか、こんなに高級そうな物!」
「構いませんわ。特に珍しいものでもございませんし……」
「わぁ、ありがとうございます」
アンヌは、嬉しそうに歓声を上げて……、それから、ほんの少し考えこむように黙りこんだ。
「どうかなさいまして?」
「いえ、妹たちにも食べさせてあげたいなって、思ってしまって……」
「ああ、そうですわね。それなら、これからあなたのお家に寄るというのはいかがかしら?」
「…………は?」
「氷菓子ですから、すぐに食べてしまわないと、溶けてしまいますわ。妹さんに食べさせるなら、急ぎましょう」
「ちょっ、待ってください。ミーア様、そんなこと……。いくらなんでも一般庶民の家にいらっしゃるなんて、許されるはずが……」
「あら、あなた、知らなかったんですの? わたくしは、とても自分勝手な皇女殿下ですのよ?」
有無を言わさぬミーアに、アンヌは言葉を失った。