第百十話 キースウッドの"よりマシ論"
「本日は、母ナホルシアに代わりまして、私とロタリアとで領都をご案内いたします」
ガラス工房の見学には、イスカーシャとロタリアの双子が随伴することになった。
「どうぞごゆるりと、領都サリーデルのガラス工芸をお楽しみいただければ幸いです」
かしこまった口調で言うイスカーシャに、ミーアはニッコリ笑みを返す。
「うふふ、楽しみにしておりますわ。よろしくお願いいたしますわね、イスカーシャさん」
そうして、ミーアたち一行を乗せた馬車は、サリーデルの一角、職人たちが集まる区画までやってきた。
「職人街という感じですわね」
街を歩く、筋骨隆々の男たちに目をやりつつ、馬車に揺られることしばし。
目の前にどどぉんっと現れた巨大な建物に、ミーアは思わず、おお、っと息をこぼした。
馬車を降りて、改めて見上げる。
でかい……城の見張り塔のように巨大な煙突が、空にそびえ立っていた。
お城のように巨大で、丸みを帯びた石造りの建物……優美さの一切を廃された、その無骨な迫力に、ミーアは圧倒される。
「こちらが公立ガラス工房になります。どうぞこちらへ」
イスカーシャの後について、中に入る。っと、むわわっと熱気が顔に吹き付けてきた。
「なかなかに暑いですわね。まるで、蒸し風呂のようですわ」
「こちらは、ワインボトルなどを作る工房となります」
そうして、イスカーシャが指し示した先、職人の男がくるくると棒を回していた。その先端には赤い泡のような、熱せられたガラスがあった。
「ほほう、なるほど……。あのように回しながら、息を吹き込んで膨らますのですわね」
感心するミーア。一方、その後ろでは、
「サンクランドのワインボトルか……なるほど、……あの妙に手に馴染む……」
などと、なにやらルードヴィッヒがワケのわからないことをつぶやいていたが……まぁ、それはともかく……。
工房の中央にデーンっと鎮座していたのは、石造りの窯だった。天井すれすれまでの高さがある窯を見て、ミーアは、再び、おおっと息を漏らした。
「実にご立派な窯ですわね。これも、ナホルシアさまの開発されたものなのかしら?」
温室の要領で、窯も開発したのかしら? と首を傾げるも、イスカーシャは首を振った。
「いえ、こちらは古くから使われている伝統的なものですね。我がオリエンス領では、古の時代からガラス細工が盛んなので」
「ああ、なるほど。そうなんですのね……。しかし、あの立派な窯……プニッツァなど焼くと、こんがり焼けて美味しいかもしれませんわ」
かつて食べた、パリッパリ、しっとりの絶品プニッツァを思い出し、思わず舌なめずりのミーアである。が……ロタリアが生真面目な顔でツッコミを入れてきた。
「火力が強いですから、食べ物なんかは一瞬で焦げてしまいますね」
「あら、そうなんですのね……? ふむ……しかし、火力が強いということは、むしろ、大きなパン生地でも中まで火が通るということかしら……? となると……」
直後、ハッとした顔をして、ロタリアのほうを見て……。
「もしや、仔馬サイズのパンを焼くことはできるのかしら?」
「仔馬サイズの? そう……ですね。できるかもしれませんが……、なぜ仔馬サイズのパンを?」
きょとりん、と小首を傾げるロタリアに、ミーアはしかつめ顔で頷く。
「無論、可愛らしいから、ですわ!」
「可愛らしい……から……?」
再び、首を傾げるロタリアだったが、しばし考えてから……。
「……確かに、可愛いかも」
ミーアと顔を合わせて、頷き合う! そんなロタリアを後ろのほーうで見ていたキースウッドが、すわコイツもポンコツの同類か!? という顔をして、それから、ティオーナのほうに目をやる。きょっとーんと小首を傾げるティオーナと顔を見合わせ、ううーぬ……っと悩ましげな声を上げていた。
……次期サンクランド国王の嫁選びは、よりマシなほうを選ぶ段階になりつつあるのかもしれない。由々しき問題である。
まぁ、それはどうでもいいとして……。
「これは、いよいよ等身大ウマパン実現への道が開けたか!?」っとアンヌと微笑み合うミーア、それに、待ったをかけるのは……。
「いえ、それでは、中に火が通っても表面が焦げてしまい、食べられませんね。うん、絶対無理です」
正気を取り戻したキースウッドだった。
「仮に中が焼けたとして、外側の部分が無駄になってしまいますが、それでもよろしいですか?」
「なるほど、外側の小麦粉が無駄になるということですわね……。それは、良くないですわね……。ううむ、しかし、ナホルシアさまに相談すれば、なにか画期的な方法が見つかるかもしれませんわね」
そんな希望を胸に、ミーアは工房内の隣の区画へと移動した。
そこは、窯があるところよりは涼しいエリアだった。机の上に並べられた見事なステンドグラスを見て、ミーアは、ポコンっと手を打った。
「ああ、なるほど……。このステンドグラスは、ヴェールガ公国からの注文ですわね?」
「ええ。そのとおりです。ヴェールガの教会に設置するステンドグラスは、古くから我が領で制作しています」
中央正教会の聖堂には、聖画のステンドグラスがつきものだ。その需要を満たしていたのが、つまりは、オリエンス大公領ということだ。
「ステンドグラスで培われた技術を温室にも活用したというわけですわね。なるほど、なぜナホルシアさまがパライナ祭にて温室の発表を許可されたのか、わかるような気がしますわ」
おそらく、オリエンス領は古くから、ガラス商品の輸出を行っていた。安全に運ぶノウハウがあるのだろう。それに、温室に用いるガラスにしても、長年の経験と試行錯誤の積み重ねの結晶なのだ。
つまりは、構造がわかったとしても、実際に造るとなれば、オリエンス領の力を借りる必要がある、ということだろう。
――以前、ナホルシアさまも言っておられましたっけ……。輸出によって領を富ませるチャンスというわけですわね。飢饉に乗じて、自領の技術を輸出していくと同時に、道徳的な名声も集めていく、と。
そこまで考えた時……不意に、ミーアの脳裏に警鐘が鳴り響いた……なにか、正体不明の不安感が胸の中から湧き出してきたのだ!
――これは、いったい……?
考え込むミーアを尻目に、ルードヴィッヒがシュシュッっと前に進み出て……。
「失礼ですが、これは、どのような絵でもステンドグラスにできるのですか?」
「ええ、以前、聖女ラフィーナさまの肖像画をステンドグラスにするのはどうか、という話がありまして……」
「あっ!」
ロタリアの話を聞いた直後、ミーアは、思わず声を上げた。
危機感の正体に気付いたのだ。
焦りつつ、ルードヴィッヒのほうに目をやれば……。
「なるほど……そういうことですか」
すごく……ものすごーく! 感心した様子で眼鏡を押し上げていた! なにか、閃いちゃった顔をしていた!
――こっ、これは……わたくしのステンドグラスを作るとか、そんなことを言い出しそうな気がいたしますわ!
しかも、帝国には芸術分野における第一人者シャルガールが控えている。
「ステンドグラスを使えば、なにか新しい工芸品が作れるかもしれない。小さな像が難しいものには、ステンドグラスのようなものを使って、こう立てておけるようなものを……」
ぶつぶつつぶやくルードヴィッヒに、一気に不安が募っていく。
確かに、黄金像なんかよりはマシなのかもしれないが……逆に聖画と同じようなステンドグラスで自分の肖像を作ることは、いささか不敬なのではないか、と不安があるのだ。
――ううぬ、しかし温室は何かと便利そうですし、腕の良いガラス職人の育成は積極的に進めたいですけど……ううむ、悩ましいですわ。
そんなこんなで、ワイワイ言いつつ工房内を見学して、外に出たところで……ルードヴィッヒが真剣な顔で話しかけてきた。
「ところで、ミーアさま、申し訳ありません。本日の午後なのですが、少々行ってきたい場所がございまして……。単独で行動する許可をいただきたいのですが……」
その申し出に、ミーアはいささかの不安を覚える。
なにせ、ステンドグラスの工房を見た直後のことだ。こう……帝国建築に、己が肖像が深々と刻み込まれてしまいそうな……そこはかとない不安が胸の中に渦巻くも……。
――しかし、ルードヴィッヒがこう言っているのであれば……信じて送り出すことこそが最善ですわ。
迷いは一瞬、ミーアはルードヴィッヒを送り出すことを決める。
帝国の叡智(真)を帝国の叡智(茸)が止めようなどというのは、おこがましい話なのである。
――忠臣を疑うという、このわたくしの判断こそが最も信用ならぬものですわ!
ミーアはニッコリ笑みを浮かべて、
「もちろんですわ。あなたの最善と思うことを遠慮なくしていただきたいですわ。ああ、念のために、しっかりと護衛を連れて行ってくださいましね」
「ありがとうございます。それともう一つご許可をいただきたいことが……」
重ねて言おうとするルードヴィッヒに、ミーアはスッと手を挙げた。
「あなたの最善と思うことならば、わたくしの許可を待つ必要などございませんわ。まぁ、黄金像などの時には、一応、許可を取っていただきたいですけど……」
「は……?」
「いえ、なんでもありませんわ。ともかく、あなたの最善を尽くしていただきたいですわ」
そうして、快くルードヴィッヒを送り出すのであった。




