第百八話 ミーア、整い、整えてしまう
「ほぉ、こういう感じなんですのね。これはなかなか……」
ドアを開けた瞬間、むわぁっとした熱気が噴き出てくる。
目を細め中を覗き込めば、薄暗い室内には、備え付けの木製ベンチがいくつか並んでいた。壁も木でできていて、触れると少しだけ熱い。
部屋の中にいるだけで、じわぁっと額から汗が湧き出てくるようで……こう、実になんとも体が引き締まりそうな、そんな予感のする場所だった。
「ふぅー」
小さくため息を吐き、ミーアはベンチに座る。その後を、どやどやと令嬢たちがついてきて、見る間に部屋は一杯になってしまった。
本当であれば、アンヌやリンシャ、リオラあたりの従者勢は遠慮してもおかしくはない状況ではあったが、みな、ティオーナとシオンの恋バナに興味津々なのか、無礼講とばかりに勢ぞろいしていた!
そうして、膝と膝を突き合わせ、令嬢たちは蒸し風呂女子会を始める!
「さて、それでは改めて、ティオーナさん、シオンとのことはどうなりましたの?」
「はい。実は、その、ソルエスクード城で、眠れない夜があって……。一人で散歩をしていたんです」
――あら、待ち合せたり、呼びに行ったりしたわけではありませんのね……。では、シオンとは偶然に会ったのかしら……?
小首を傾げるミーアに、ティオーナは続ける。
「城の屋上で星を見ていたら、そこにシオン王子がいらっしゃって、その時に謝ることができたんです」
「ほうほう、なるほど。それは何よりですわ」
頷きつつ続きを促す。っと、ティオーナはうつむき、頬を赤らめてモジモジしてから、
「そ、それで……あの、ええと……そ、その……シオン王子から……あの、告白を、していただいて……」
ぽつり、ぽつり、とティオーナが続ける。
普段、どちらかと言うとハキハキしている彼女からは考えられない、弱々しい声だった。
そんな初々しいティオーナを見て、ミーアは頬を赤らめ、もぞもぞ体を動かす。
……そう、暑かったのだ……蒸し風呂が。
じゅじゅわっと汗をかきつつ、ミーアはFNYを絞っている感覚に充実を覚える。
――ふぅむ、これ、とりあえずのところでいったん出て涼んだほうがよろしいかしら……でも、FNYを絞れるというのであれば、もう少し我慢して……。
頷いてから、ミーアはティオーナに笑みを浮かべて。
「おめでとう、ティオーナさん。わたくしも嬉しいですわ」
それを聞き、ティオーナは一瞬、ぽかーんとした顔をしたが……。
「ありがとうございます。ミーア姫殿下……。こうして、サンクランドまで連れてきていただいたこと、心から感謝いたします」
深々と頭を下げた。
「それで、シオン王子は縁談の件を、オリエンス女大公に直接お断りしたいと言っておられました」
「まぁ! ずいぶんとストレートですわね」
感心するミーアと、キャーキャー言いそうな顔で見守っているミーハーベルである。
「しかし、なるほど。考えていませんでしたけど、そうなると、ナホルシアさんの発言は、シオンが縁談を断ったことによるもの、という可能性もございますわね」
腕組みしつつ、ミーアは考える。
肖像画の部屋を見た後、晩餐会までの空白の時間、すなわち、ミーアがベッドの上で厳かに瞑想している間、シオンはなにをしていたのか……。
「シオンの性格を考えると、あの間に言いにいっていてもおかしくはありませんし、むしろその可能性が高そうですわ」
であるならば、ナホルシアの口にした弓術披露会の件は、シオンの縁談拒否に対するレスポンスであると考えるべきかもしれない。
「弓術披露会、どうする、です? ミーアさま」
そう尋ねてきたのは、弓の第一人者たるリオラであった。
「勝てばいいですか? それとも……負けたほうがいいですか?」
真剣な顔で問うてくる。
「ふぅむ、そう、ですわね……」
正直なところ、ナホルシアの思惑はまったくわからない。だから、ヨイショがてら接待的に負ければ良いのか、それとも、全力で勝ちに行けば良いのかもわからない。
――仮にシオンが縁談を断る旨を伝えていたとして、それがなぜ弓術の話に繋がるのか、まったくわかりませんし……。あるいは、弓術でシオンの心を変える方法があるのか……ううぬ、読めませんわ。
恐らく、リオラは圧倒的に勝てと言えばそうするだろうし、接戦にしろと言われれば、そうする。ティオーナのためであれば、負けることだって厭わないだろう。
ミーアはしばし腕組みし、目を閉じる。
じりじり、っと肌が炙られる感触……じんわり浮き出してくる汗、熱さにその身が整っていくのを感じつつ……ミーアは厳かな口調で言った。
「相手の思惑が読めないのであれば、却って策を立てると墓穴を掘る可能性もございますわ。ここは、純粋に弓術大会に臨むのがよろしいのではないかしら」
弓が下手であったなら、ケチの一つもつけられそうだが、上手い分には問題ないだろう。弓が使えるご令嬢なんか……と言おうものなら、彼女たち自身の首を絞めることになるのだ。幼い日より狩猟をし、弓の研鑽を積んできたオリエンス家の者たちにとっては。
――それに、リオラさんは、弓に対して誇りを持っているかもしれませんわ。そんな彼女のやる気を削るのは、あまりよろしくはないはず……。
結局のところ、どちらを大切にするかということだ。
――ナホルシアさんを怒らせたとしても……帝都までは遠いですし。オリエンス領は、サンクランドとヴェールガ公国、騎馬王国に挟まれておりますわ。ここから兵を挙げて帝国を攻めるのは難しいはず。
それに、ナホルシアが弓の名手だとしても、さすがにここから帝都までは届かないだろう。
しかしリオラ……、ルールー族の村から帝都までは、もしかしたら、届くかもしれない。
――リオラさんの腕前を考えると、不可能ではないかもしれませんわ!
ディオン・アライアの無茶っぷりを見ていると、革命軍の主力の一角であったルールー族の射手というのも……なにをするかわからない怖さがある。
――わたくしが第一に恐れるべきは、やはり、あの革命の時の主軍の方々。であれば、どちらを優先するかは火を見るより明らか。
「と言いますと……?」
首を傾げるリオラ。まるで、ミーアの言葉を確認しようというように、見つめてくる。同じく、真っ直ぐな視線を向けてくるティオーナに頷いてみせてから……。
「ティオーナ・ルドルフォン、そして、リオラ・ルールー。あなたたちに特別に命じますわ。研鑽によって身に付けしその弓の絶技をもって、オリエンス女大公に帝国の栄光を見せつけてやりなさい」
厳かに告げ、それから、改めてティオーナのほうに顔を向けて……。
「栄えある帝国貴族として、やすやすと負けることは許しませんわ!」
ミーアの言葉に、ティオーナの顔が引き締まる。
「はい、かしこまりました。ミーアさま!」
こうして、ミーアは、弓術対決に向けて準備を整え、蒸し風呂で体を整えるのであった。




