第百六話 FNYっとしてないミーアの腕
さて、大満足の内に豪華な晩餐会を終え、ミーアはホクホクした顔で部屋に戻ってきた。
っと、ほどなくしてオリエンス家のメイドがやってきた。
「ミーア姫殿下は湯浴みをお好きとお聞きしておりますが……。ご入浴なさいますか?」
「入浴? ということは、こちらにはお風呂がございますの?」
「はい。ヴェールガの技術を取り入れて作ったものがございます。さすがにセントノエルのものには劣るかと存じますが……」
それを聞き、大喜びで準備したミーアは、そそくさと浴場へと向かった。
「おお……これは!」
簡易的なものなんだろうなぁ、というミーアの予想に反して、浴場は非常に充実したものだった。セントノエルに劣ると謙遜していたが、ミーアの見たところ、匹敵する規模と言えるかもしれない。
浴槽の広さ、洗い場の広さ、お湯の量に内装、どれをとっても一級品だ。
では早速! ということで、ひょーいひょーいっとドレスを脱いで、突撃する。
「ミーアさま、お背中お流しいたします」
「うふふ、お願いいたしますわ。あ、ちなみに、洗髪薬は……」
「はい。いつものものをお持ちしております」
などと、アンヌといつものやり取りをしつつ、ミーアは上機嫌な笑みを浮かべた。
「ふむ、さすがはアンヌですわ。しかし、お腹いっぱい食べて、気持ちよく汗を流せる……これほどの幸せはございませんわね……」
そうして、わしゃわしゃーっと髪を洗ってもらい、背中も流してもらったところで、ミーアは、ふーい! っと満足のため息を吐く。っと、そこで、厳しい顔をしているアンヌに気が付いた。
「あら、どうかなさいましたの?」
「え? あ、ええ……その二の腕とお腹が……少々……」
「はて? 二の腕、お腹……?」
「いえ……なんでもありません。明日は、また朝起きたら体操をしましょう」
「え? ええ、そうですわね。でも、なんだかいつも付き合っていただいて、申しわけありませんわ。あなたもお疲れでしょうし、なんでしたら旅の間はお休みに……」
「むしろ、いつもより早く起きて、体操しましょう! いいですね、ミーアさま!」
有無を言わさぬ口調で言うアンヌに、はて? と首を傾げるミーアである。
さて、そうして、浴槽に向かおうとしたところで、ふと、脱衣所と反対側についた扉に目をやった。
「はて? あの部屋はなにかしら?」
中を覗いてみれば、そこは、狭い部屋だった。
「恐らくですが、蒸し風呂というものかと思います。蒸気で室内を温めて汗を流す施設ですね」
いつの間に来ていたのか、タオルを片手に持ったシュトリナが立っていた。
「まぁ、そんなものがございますのね?」
「はい。焼いた石に水をかけて蒸気を出す仕組みと聞いたことがあります」
「なるほど。あの温室を作ったナホルシアさんの発明かしら……。滞在中に、一度、入らせていただくのも良いですわね……」
それからミーアは、シュトリナの後ろに立つベルとリンシャに目をやって……。
「あなたたちもお風呂に来ましたのね?」
そう声をかけると、ベルがちょっぴり不満げにムーっと頬を膨らませた。
「そうなんです。寝る前に、ちょっと軽くお城のたんけ……んがくさせてもらおうと思ってたんですけど……。今日はお風呂に入って寝たほうがいいって、リーナちゃんたちが言うから……」
「ふむ……」
シュトリナ、そしてリンシャの顔を見ると、どちらも苦笑いを浮かべている。
――なるほど、ベルに探検に行かせないために……。
なんだかんだと言いつつも、ベルは帝国皇女にして、お年頃のご令嬢……。ある種の乙女に分類されるもののはずで……。
さすがに、お風呂で一汗流した後は探検に行ったりしないだろう、という読みだろう。
――お二人は、よくやってくれておりますわ。いささか気がかりなのは、ベルがその程度で探検に行くのを諦めるかどうかということですけど……まぁ、大丈夫かしら……。サンクランドのお城でさんざん、探検を楽しんだはずですし……。探検欲求はある程度、解消されているはずですわ。
そんなことを思いつつ、浴槽に身を沈める。
「お、ふぅー」
実に実に、お年頃のご令嬢らしい吐息を漏らして、ミーアは目を閉じる。
肌に沁みる、ちょっぴり熱めのお湯は、帝都っ子のミーアの好みにぴったりだった。
凝り固まった体がじんわり解れて行くのを感じつつ、ミーアはふと思う。
――あー、ベルの探検といえば、ティオーナさんに、シオンと結ばれた夜のこと、まだゆっくりと聞けてないんでしたわねー。
なんだかんだで、ロタリアが合流してからは、のんびり会話もできていない。
ロタリアを交えてできる話でもなし。ここに来るまでに、教師候補のロタリアと仲を深めることを優先したがゆえのことではあったが……。
――今後の方針のこともございますし、きちんと聞いておく必要がございますわね。そもそも、あの夜の告白のこと、わたくしたちは知らないことになっていますし、このままだと少しやりづらいですわ。
ふぅむ……と唸り、ぽかぽかした頭で考える。
「ああー、やはり、ティオーナさんとお話しをしておく必要がございますわねー。うーむ」
「ティオーナさまですか?」
つぶやきを聞いて、アンヌが首を傾げる。
「お呼びしてきましょうか?」
「え? ああ、そう、ですわね……」
確かに、お風呂ならば盗み聞きを警戒する必要はないかもしれないが……。
「でも、せっかくアンヌもお風呂に入っておりますのに悪いですわ」
そう言うと、アンヌは真面目な顔で首を振り、
「私はミーアさまの腕です。お気になさらず、どんどん使ってください」
こうして、ミーアのFNYっとしてない腕、アンヌはシュッとした動きで浴場を後にした。




