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第百二話 領都サリーデル

 ごうごう、と音を立てる川。しぶきを上げるその流れは、呑まれればまず助からないであろう荒々しさだった。

 馬車は、その川に沿った道を東進していた。

「ずいぶんと大きな川ですわね」

 川を眺めつつ、ミーアは、ふむ、と唸る。

 ――オウラニアさんがいたら、釣りがどうとか騒ぎ出しそうですわね。こんな流れの川で釣りができるのかはわかりませんけど……。

 やがて、前方に大きな橋が現れた。

「ずいぶんと立派な橋ですわね。もしかすると、あれを渡った先が領都かしら?」

 そう問いかけるが……なぜだろう、ロタリアから返事はなかった。見れば、何事か考えこんでいるのか、じっと窓の外に目を向けていた。

「ロタリアさん、どうかなさいましたの?」

「え? あ、いえ、ええと……あっ! あの橋を渡った先にあるのが、オリエンス大公領の領都『サリーデル』です」

 ちょっぴりおかしな様子に首を傾げつつも、ミーアは改めて橋に目をやる。

 ――なるほど。これはなかなかいいですわね。いざとなれば、あの橋を落とせば、革命軍を止められるというわけですわね。その間に、騎馬王国に逃げるなり、ヴェールガにこっそり侵入するなりすればいい、と……。実に考えられた立地ですわ。

 革命が起きた時の備えがきちんとできていることに、ミーアは心から感心する。

 ――歴代のサンクランド国王の中に、わたくしのように、ちょっぴり悪いことをして、革命とか起こされてしまうかも……と自覚されている方がいたと見えますわね。

 ミーアの分析はある意味で正しかった。

 実際、その川は国境から侵入した敵が王都に向かうのを防ぐため、ある種の防壁として用いられるものだった。そして、いざとなれば、サリーデルを都とし、王都に宣戦布告した際にも、その川は敵の侵入を防ぐことに使用されるのだ。

 三両並んで通っても問題ないぐらいの、太く立派な橋を、馬車が渡っていく。

 のんびり、ぽげーっとその光景を眺めていると、やがて高く立派な城壁が見えてきた。

 まるで、王都ソルサリエンテに対抗するように、高く高くそびえ立つ城塞。天を衝く監視塔は、城の一部というより独立した塔のようだった。

 領都サリーデルの威容を見つつ、ミーアは、何とはなしに思う。

 ――ふぅむ、まるで、第二の王都といった感じですわね。

 胸に芽生えた感想、そこに含まれた危険性に気づかないミーアであった。


 大公家の家紋を付けた馬車が先頭にいたからか、城門で止められることも無く、一行はオリエンス家の館までスムーズに来ることができた。

 途中、開けた街並みに、そこはかとなく未知のグルメの匂いを感じるミーアであったが、さすがに降りて買い食いを……などと言い出したりはしない。

 今夜はたぶん歓迎の晩餐会だろうから、きちんと自重しているのだ。

 やがて、館の門をくぐったところで馬車が止まった。降車して、辺りを見回していると……。

「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下。遠いところをようこそおいでくださいました」

 館のほうから、ナホルシア・ソール・オリエンスがゆっくりと歩み寄ってきた。

 深紅のドレスに身を包み、堂々たる足取りでやってきた彼女に、ミーアは改めて獅子の風格を見た。

 ――以前見た時より、さらに堂々としているように見えますわね。なるほど。これが領主として、女大公としての姿なのですわね。

 心の中で感心しつつも、気圧されることはない。ミーアとて獅子の友。獅子の威をその背に纏う者である。

 堂々たる態度で、スカートの裾を持ち上げ、ミーアは口を開いた。

「ご機嫌麗しゅう、オリエンス女大公、ナホルシアさま。こちらこそ、急なことにご対応いただき感謝いたしますわ」

 ナホルシアは、さらに、シオンとランプロン伯にも声をかける。

「道中の案内、ご苦労さまでした。ランプロン伯」

「いえいえ、ご息女と合流してからは、ほとんど何もすることがなくなってしまいましてね。ははは」

 っと笑うランプロン伯だが……。道中、ミーアに次ぐ格の持ち主であるシュトリナとその親友ベルの相手をほぼ一人で行っていたのだ。さぞや大変だっただろうな、と同情してしまうミーアである。

 実際には、シュトリナとベルが旧交を温めていたのは、ランプロン伯……の護衛を務める男、熟練兵のコネリーだったりしたのだが……。天真爛漫なご令嬢たちに翻弄され、ぐったーりするコネリーであったのだが……まぁ、それはともかく。

 ミーアはナホルシアの隣に立つ少女へと視線を移す。

 日の光を受けて輝く白銀の髪、青く澄んだ瞳と見惚れるほどに美しい端整な顔立ち。ロタリアと瓜二つの少女が、ナホルシアに続いて口を開いた。

「ご機嫌麗しゅう、ミーア姫殿下。お初にお目にかかります。オリエンス家長女、イスカーシャ・ソール・オリエンスと申します」

「ミーア・ルーナ・ティアムーンですわ。イスカーシャさま。不躾なことかもしれませんけど、ロタリアさまとは……」

「双子の妹です」

 イスカーシャはそれから、ロタリアのほうに軽く視線をやってから、

「妹は、きちんと案内の務めを果たすことができておりましたでしょうか?」

「もちろんですわ。ふふふ、とてもわかりやすくサンクランド式温室のこともお話しいただきまして……」

 それを聞き、ナホルシアが嬉しそうに微笑んだ。

「それはなによりでした。それでは、ミーア姫殿下、どうぞ、こちらへ。中へご案内いたしますわ」

 どうやら、執事に任せることなく、女大公自らが館の中を案内してくれるようだった。

 ――ふむ、これはわたくしの案内というよりは、シオンと話をする機会を作ったとみるべきかもしれませんけど……。

 途中、サンクランド温室の茸栽培室化計画や、夏スイーツを冬にも食べられる計画など、魅力的な計画に惑わされそうにもなったが……ミーアは本来の目的を忘れてはいなかった。

 すなわち、シオンとティオーナの恋愛劇を無事に成就させること。

 さらに、ロタリアを説得して教師になってもらい、レムノ王国の女子学校設立のための足掛かりとすること。

 そのための第一歩として、ロタリアとシオンとの縁談は絶対に破談させなければならないわけで……。

 ――今のところ、ロタリアさんとシオンが良い雰囲気にならぬよう妨害は成功しておりますけど、ナホルシアさんは切れ者。大いに警戒が必要ですわ。やはり、こちらから積極的に話しかけて、のんびり話をする暇を与えないことが肝要ですわ。そのためには……!

 ミーアは、ふんむ、っと頷いて……。

「今夜は、料理人たちに腕によりをかけさせて晩餐会を用意させたんですよ。先日の姫殿下のお誕生祭には、劣ると思いますけど……」

「まぁ、そんなことはございませんわ! うふふ、オリエンス領の幸、心から楽しみにしておりますわ!」

 ……ミーアは、まったくもって目的を忘れてはいなかった。ただ、まぁ……目前に迫る晩餐会に、ちょっぴーり脇に追いやったりすることぐらいは、しているかもしれないが……。あくまでもそれは一時的のこと。

 決して目的を見失ったりすることはないのだ……たぶん。

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― 新着の感想 ―
王国に王が二人並び立つ事はない。 咎め立ても監査も忠誠から来るものじゃないとねえ。 とはいえまさか、危険性があるだけで大公閣下が翻意など持っているわけではないでしょうけど。流石に。流石に。 ……あー…
>しぶきを上げるその流れは、呑まれればまず助からないであろう荒々しさだった。 ミーアさまはこれは助からないだろうという場面で何度も落ちて生還していますからねw これはフラグですね!俺は詳しいんだ!…
老獪なナホルシア様が自らミーア姫をもてなすとは、この下へも置かぬ礼を尽くした対応にはどんな狙いがあるんでしょうね? ナホルシア女大公はロタリアさんとシオン王子を婚約させたい訳で、そのシオン王子と仲良く…
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