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第九十一話 ミーア姫、平安っぽくなってしまう

 さて、キースウッドとシオンを言いくるめた後、ミーアは会食の場に戻って来た。

 ふと、その耳に、ドア越しの楽しげな会話が聞こえてきた。

「ほほう、そのようなことが。さすがはミーア姫殿下ですな」

 興味深そうなランプロン伯の声。シュトリナやベル、ティオーナの令嬢たちと会話を楽しんでいるようで、それは、まぁ、良いのだが……。

 ――“さすが”というのは、いささか気になりますわね。ベル辺りが、なにか、よろしくないことを話しているのではないかしら……?

 深刻な疑念を覚えたミーアは、すぐにドアを開けた。

「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでしたわ。ランプロン伯」

「いえいえ、とても楽しいお話を聞かせていただきました」

 上機嫌に笑みを浮かべるランプロンに、ミーアも合わせて笑みを返しつつ、

「あら? いったい、どんなお話だったのかしら? 気になりますわ」

 ランプロン伯は悪戯っぽくウインクして、

「ミーア姫殿下は、芸術を嗜まれるとか……?」

「……ふむ」

「お抱えの芸術家を二人も抱えておられるとか……」

「……ああ、ええ、まぁ……そうですわね」

 そこには、嘘も誇張も含まれていないようだったので、とりあえず首肯しつつも……。

 ――ううむ、この話、下手に深掘りされるとシャルガールさんのことを話さざるを得なくなるかも……?

 素早く、問題を把握する。

 ――エリスのことに関しては、別に話しても問題ないはずですわ。皇女伝の中身とか詳しく語らなければ……。ベルがペラペラ余計なことを言わなければ大丈夫……。たぶん。

 しかし、エリスのことを話したら、シャルガールのことも語らなければならないかもしれない。うっかり、自分の肖像画をどうこうという話になったら、是非一枚! などということになって、大惨事になってしまうかもしれない。

 ――ここは、話を変える必要がございますわね。

 ミーアは、いつの間にやら用意されていた紅茶に手を伸ばす。香りを楽しむように一口。ほーふー、っと息を吐き……。

「元から、物語を嗜んでおりまして。気に入った作家をお抱えにして満足していたのですけど、人間とは欲深い者。ついつい、そこに挿絵を付けてみたくなって、才能あるヴェールガの有名画家を雇い入れてしまいましたの」

 完全に情報を伏せることなく、宣伝したいことだけ情報を出しつつも、ここっ!

「趣味と言えば、先ほど途中になってしまいましたけど、ランプロン伯は狩猟が趣味なのですわね。どんなものを狩りますの?」

 すいー、すいーっと流れを乗り換え、実にスムーズに話題を変えていく。

 ミーアの波乗り海月話術が光り輝く。深海の光る海月の異名を誇るミーアなのである!

「そうですね。この近くの森ですと陽光イノシシでしょうか。それに、白夜ウサギなどが」

「まぁ! ウサギ! おいし……」

 そうなウサギ鍋が作れそうですわね……! などと言いかけ……ハッと口をつぐむ。

 ――あ、まずいですわ。これでは、獲物が可哀想と、言えなくなってしまいますわ! キノコ狩りに移行できませんわ!

「おいし……?」

 はて? と首を傾げるランプロン伯。

 ミーアは、う、ううぬ……っと唸る。どうすればいいか? ここから、なんとか誤魔化す術は、はたしてあるのか?

 ――なっ、なんとか、ここから、ウサギを憐れんでる雰囲気を醸し出しつつ……狩ったら可哀想と言ってもおかしくない雰囲気を加えて……だから、ええと、ええと……。

 ミーアの脳みそがギュギュン! っと唸りを上げる。回転数を上げた脳内に、稲妻が駆け巡り、加速! その光は、ついに……ついに! 次元を超える!!

 刹那、ミーアの脳内に到来した閃き。それは、以前、レムノ王国で得たのと同じ、世界の壁を越えちゃったかもしれない閃き!

 すなわち!!

「お、おいし……、うさぎ……を、憐れまん 我が罪深き、この身を思う……」

 ミーア、なにやら……和歌っぽいナニカを口ずさんだ!

「おいしウサギを憐れまん。我が罪深き、この身を思う……?」

 突然のことに、そうつぶやいたランプロン伯だったが、次の瞬間、むむっと眉間に皺を寄せた。

「なるほど……。実に典雅な……東方の古流歌ですな……。今追いかけているウサギを憐れんでいるが、我らは他の命を食らわねば生きられぬ者。しかし、それでもなお、目の前のウサギを憐れまずにはいられない、と……その偽善、罪深さを思うという歌ですか」

 ジッと目を閉じ、ランプロン伯は歌を味わうように口ずさみ……、

「……これは、素晴らしい深み……。さすがは、芸術に造詣の深い帝国の叡智、といったところでしょうか。まさか、ご自身にそのような文学的素養がおありとは、思いませんでしたが……」

 感心しきりのランプロン伯にミーアは、いささか気まずげに微笑みを浮かべてみせる。

「え? あ、お、おほほ、ま、まぁ、それほどでも、ございませんわ。趣味で、自分でも脚本を書いたり、お抱え作家のお話のアイデア出しをしたりするぐらいで。詩歌に関しては、本当に、軽く嗜む程度なんですけど……」

「それでも、ウサギ狩りの光景を想像して読んでしまったと……」

「え、ええ……まぁ。浮かんだら、口に出さずにはいられない性格ですの。お、おほほ」


 かくて、平安(歌人)っぽくなってしまったミーアであったが、なんとか無事にランプロン伯の協力を取り付けることに成功したのであった。

 かしこ。

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皆様の感想を見て思うのは ①最近病棟でめし時に焙じ茶が出てこなくなった。(病院によっては廊下に給茶機があったりするが、全くない病院もある。食事後の一服が……) ②ミーア姫殿下(女帝陛下)の食べ歩き…
私がずっと持ってる歴史的疑問なんですが。ハプスブルク家ってなんであんなに子沢山です。日本だと蠣崎が妻女20人て体制で子供出しまくってますが。ムガールの寝たきり王妃ムムターズが14人。タージマハルの人で…
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