第八十八話 キノコなる賢者ミーアの語る普遍の真理2
ランプロン伯の趣味は狩猟である、と……。
ルードヴィッヒから、そのことを聞かされた時、ミーアは思わず微笑んでしまったものである。
ミーアの顔を見て、ルードヴィッヒも静かに頷く。
「狩猟が趣味ということは、恐らく、森にもきっとお詳しいはずです。であれば……」
「ええ、まさにその通りですわ。きっと歩き慣れておりますわね」
そうして、ミーアはニヤリと口元に悪い笑みを浮かべた。
実のところ、ミーアは心得ている。
異国の地、サンクランドでキノコ狩りがしたいと言っても、それは簡単なことではないのだ。ベルのように、気軽に冒険に出たりするなどもってのほか。護衛の手配やら、食事の手配やら、日程調整やら、ともかく、面倒事が多いのだ。自由に好き放題に行くわけにはいかないのだ。
そのうえ、せっかくキースウッドが組んでくれた会談の予定もある。それを無碍にしてしまうのは、彼に申し訳ない。料理関係では一番お世話になっているし、今後ともお世話になりたいと思っているミーアなのである。
ということで、予定されている会談を台無しにしないよう、会談しながら、キノコ狩りをする方法を選択するのだ。すなわち、
「狩猟外交、ですわね……」
そうなのだ。会談というのは、なにも、テーブルと食事を囲んでのみ行われるわけではない。
例えば、騎馬王国であれば、遠乗りしつつ友好関係を築き、そこで対話する乗馬外交が有効だろう。殿方同士であれば、互いの兵の剣術試合を見ながら、交友を深めることもできるだろう。
そして、当然、狩猟をしながらというのもあり得るわけで……。
――狩猟のために、森に足を伸ばす。そうすればキノコを狩るチャンスだってやってくるはずですわ!
森に狩りに行き、やっぱり「動物さんが可哀想!」などと姫君めいたことを言いつつ、流れるようにキノコ狩りに移行する。その完璧なプランを頭に思い描きつつも、ミーアはランプロン伯にもちかけるのだ。
狩猟をしながらお話できないかしら? と。
「狩猟、でございますか。ええ。確かに趣味にさせていただいております。サンクランドの森には豊かな獲物がいるので……。本日お出ししたスープにも先日狩ってきました、ウサギの肉が使われておりまして」
「ほほう、やはりウサギ肉でしたのね。ふふふ、なるほど、実に豊かなお味でしたわ」
「それはなによりでしたが……しかし」
急な話題の転換に目を瞬かせるランプロン伯だったが、直後、その瞳に理解の色が広がる。
「ああ、もしや、飢饉対策に森での狩猟をお考えなのでしょうか?」
その答えに、ミーアはきょとん、と目を瞬かせたが……。
「ふふふ、まぁ、その選択肢も悪くないかもしれませんけど、わたくし、そうそういつもいつも真面目に公務のことばかり考えているわけではございませんのよ? ただ、いつもいつもこうして、室内でのお話ばかりでは、いささか退屈ですもの。せっかく、サンクランドに来たのですから、いろいろな場所を見たいな、と思っただけのこと」
「そういうことでしたか。ええ、確かに、狩猟でいくつかの領の森には行かせていただきましたが……」
「では、オリエンス大公領の森……はいかがかしら?」
一転、ミーアは試すように上目づかいで見つめる。
「なっ、オリエンス大公領、でございますか。ということは、まさか、ナホルシアさまと、狩猟に行かれたいと?」
「ええ。ぜひに、と思っているのですけど……」
ごくり、と喉を鳴らすランプロン伯に、ミーアはニコニコ上機嫌に笑みを浮かべる。
――ナホルシアさまと森に行き、仲良くキノコ狩りをして、それを持ち帰る。そして、勝負ですわ! 料理対決を仕掛け、シオンの胃袋を討ち果たすのですわ!
ふんっと鼻息荒く考えるミーアである。すでに、ルードヴィッヒとアンヌの連名で、ウマパンキノコサンドイッチ作戦の概要は提出されていた。
そして、ミーアは一も二もなく、それを採用したのだ!
っと、その時だった。
「失礼いたします! シオン殿下、ミーア姫殿下、少々、よろしいでしょうか?」
突如入ってきたのは、キースウッドだった。
「ん? キースウッドか? どうかしたのか?」
「ええ……。少々、その……」
「ふむ、なにか、急ぎの用事ということですわね。でしたら、ランプロン伯、少々、失礼いたしますわ」
優雅に立ち上がったミーアは、キースウッドについて部屋を出た。のだが……。
キースウッドは、常の冷静な彼らしくもなく焦っていた。
心配になり駆けつけて早々、聞こえてきたオリエンス大公領でのキノコ狩りに衝撃を受けてしまったのだ。
「それで、どうしましたの? キースウッドさん」
あっけらかんとした様子で言うミーアに、若干イラァッとしつつも……。
「なっ、なぜ、都栗茸のキノコ狩りをなさらないのですか? オリエンス大公領で狩猟などと……」
そう問いかければ、ミーアは、なにやら納得の表情で頷いて……。
「ええ、そうですわね。都栗茸、実に興味深いキノコでしたわ」
「そうでしょう? 王都近くの森で採れるのに、なぜ……?」
「ええ、そうですわね。生で食べられるというのも、とても希少な物のように感じましたし、採りに行こうかと一瞬思いましたけど……わたくし、気付いたことがございますの」
「なにを、でしょうか……?」
問いかけにミーアは、まるで、普遍の真理を語るかのような、悟り切った顔で……。
「寒いですし、生より火を通したほうが美味しいのではないかしら? と」
「なっ!」
ずががぁんっ! っと……。さながら雷に打たれたような、そんな衝撃がキースウッドを襲う。
「わたくし、思いますの。美味に優先して珍しさを取るようなことがあっては、それは食の本道を踏み外すのではないか、と。生で食べられるキノコだというのなら、寒い冬ではなく、もっと温かい季節がよろしいのではないかと思いますの」
――たっ、確かに。ぐっ、まずいな。安全な都栗茸のある森ではなく、未知の森に出かけでもしたら……。オリエンス大公領の森まで調べきれてないぞ! ここは、なんとか王都のそばで……。
「それに、キースウッドさんのご提案も影響しておりますのよ?」
「…………はぇ?」
ぽかーんっと口を開けるキースウッドに、ミーアは、可愛らしくウインクなんかしやがって!
「言っておりましたでしょう? サンクランド式温室でキノコの栽培をするというアイデアを……」
「…………あっ」
「サンクランド式温室をお作りになったのはナホルシアさまということでしたわ。ですから、もしも、キノコ用の温室を作ろうと考えるなら、協力は必要不可欠。であれば、ナホルシアさまを、オリエンス大公領の森でのキノコ狩りに誘うのは、実に理に適ったことなのではありませんの?」
狩猟……ではなく、キノコ狩りと本音をうっかりポロリしているミーアであるが、そこにツッコミを入れる余裕は、キースウッドにはなかった。
「ぐ、ぬぬ……」
正論! あまりにも揺るぎのない正論に、キースウッドは息を呑むばかりである。
そんな彼に代わり、シオンがおかしげに笑っていた。
「ふふふ、君はどんな時でもその余裕を忘れないのだな」
それを聞き、ミーアはキョトン、と小首を傾げる。
「あら? それはそうですわ。美味しいキノコを食べたい、まだ見ぬ好物を発見したいと思うのは、人として当然のことですもの」
それから、ミーアは悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「シオン、あなたは少し固いですわね。もう少し自分勝手になるべきなのではないかしら?」
その言葉に、シオンは驚いたように目を瞬かせた。