第八十七話 キノコなる賢者ミーアの語る普遍の真理1
――ついつい気が逸ってしまいましたわね……。
昼食会の会堂に案内されつつ、湧き上がる熱きキノコ熱が口から迸り出てしまったことに、反省しきりのミーアである。
ランプロン伯と談笑しつつも、なんとか取り繕うことに成功。
そうして、案内された先でテーブルに着き、気持ちを落ち着けるようにお水を一口。ちょっぴり果実の香りのついたそれに、一息吐く。
「ふぅ、美味しいですわ」
つぶやきつつ、改めてミーアはランプロン伯のほうに目を向ける。
「先ほどは失礼いたしましたわ。ほほほ、疲れているのかしら……。ついつい、いろいろ考えていたことが口からこぼれ落ちてしまいまして。無礼な振る舞いを謝罪いたしますわ」
「いえ、そのような……少々驚きましたが……」
などと苦笑いのランプロン伯。それから気を取り直した様子で、
「ときに、エシャール殿下は、お変わりはございませんか?」
「ええ。グリーンムーン公爵家の庇護のもと、健やかに過ごされておられますわ。我が帝国が責任をもってお預かりいたしますから、どうぞご心配なさらぬように」
なぁんて、とりあえずの近況を話して旧交を温めたところで、ミーアは早速、一つ目の本題に入る。
「ところでランプロン伯、今度行なわれるパライナ祭のことはお聞きになられておりますかしら?」
「はい。セントノエル学園の発案だとか……。しかし、古のパライナ祭の復活、そして、世界会議ですか」
「まぁ、大事ではございますけど、特に変わったことにはなりませんわ。以前主張したとおりのことを、今度は各国を集めた場で確認する感じかと思いますけど……」
「例のミーアネットの……」
「ええ。この大陸から飢饉をなくす、そのために、大きな流れを作り出す。エイブラム陛下にも、そのようにお話をして、ご賛同いただけるように要請いたしましたわ。ご賢明なる陛下には、快くご了承いただけましたわ」
確認するようにシオンに視線を向け、頷き合う。
そこで、ふと良いことを思いつき、ミーアはパンッと手を叩いた。
「ああ、そうですわ。シオン、世界会議の議長は、恐らくヴェールガ公国のオルレアン公がなさると思いますけど、エイブラム陛下にも議長団にお入りいただくのがよろしいのではないかしら?」
大きな会議の場合、議長は一人が務めるわけではない。さすがにサンクランド国王に書記を任せるわけにはいかないだろうが、副議長でもやってもらえれば、世界会議の意義が上がるのではないか、と思ったのだ。
「ああ、それは問題ないと思うが……。その場合、ティアムーンの皇帝陛下にも議長団に入っていただく必要があるのではないかな?」
シオンは、いいのかい? とばかりに苦笑を浮かべる。
「お、こ、皇帝陛下に……? う、ううぬ……それは確かにバランスを取るうえでは……しかし」
考えることしばし、ミーアは小さくため息を吐き……いったん、考えを保留にして。
「とまぁ、それはともかく、できればランプロン伯にもご賛同いただけると嬉しいのですけど……」
「この大陸から、飢饉を駆逐する、ですか」
「そうですわ。そのための備えを義務付ける、とまで言ってしまうと、いささか強すぎる言葉かもしれませんけれど……それをするのが当たり前である、と各々が認識するような、そのような形がベストではないかと思いますの」
各国が自発的に飢饉の備えをしてくれる。それさえ叶えば、必然、ミーアネットの役割も減る。ミーアの将来的な苦労や不安も減ずるというものである。
「……しかし、そうなってしまうと隠し立てする者が出るのではありませんかな、自領で飢饉が起きたことを。当たり前のことを怠っていたことが、恥となってしまうがゆえに……」
ランプロン伯の指摘に、ミーアは思わず唸る。確かに、それはとてもあり得そうなことだった。
「なるほど、確かにその通りですわね。貴族は名誉を重んじる。ゆえに隠蔽する、と……。されど、まず大前提として、わたくしはこう確信いたしますわ。民を飢えさせず、安んじて治めることは、我らの名誉より遥かに重いことである、と」
ミーアはしかつめらしい顔で腕組みし、
「言葉を変えるならば、民を餓死させぬことこそが我らが誉ですわ。そのために死力を尽くすことは、本来、なんら恥じることではない。そもそも、わたくしたちが、そのように振る舞うからこそ、民は我らについてくるのではありませんの?」
まぁ、もっとも? 食料調達に全力を尽くしたけど、上手くいかなくて、石を投げられたりしたことはありましたけどね! っと、ほろ苦い経験を思い出しつつ、ミーアは続ける。
「わたくしは、事の軽重を再定義したいと思いますわ。いいえ……」
相手はサンクランド保守派の重鎮だ。
彼らは古きを愛し、伝統を重んじる者。であれば、むしろ、こういう言い方のほうがいいかもしれない、とミーアは言葉を変えて、
「原点に立ち返るとでも言えばよろしいのかしら? 神聖典に書かれている『民を安んじて治めよ』という言葉の重さを、もう一度みなで確認したいと思っておりますの」
新しく作る必要などどこにもない。彼らがよって立つものには、ミーアの求めるただ一つのことがしっかりと書かれている。
そう、ミーアは、民を安んじて治めることで、自らも安んじてベッドの上でゴロゴロしたいのだ!
民の心が安んじてないから、革命だの、断頭台だの、ギロちん召喚だのと物騒なことを言い出すのだ。
「貴族の誇り、国の栄光、そんなものに、わたくしたちの目はしばしば曇らされる。されど、我らが誇りとすべきは、むしろ神聖典の明文にある。国の栄光は民が餓えぬこと、民が幸福に心安らかに生きることである、と……。ゆえに、最も重くとらえるべきは必然、飢饉を起こさぬことであり、最も誇ることはどのような状況が訪れたとしても、自領の民を餓死させない態勢を整えることである、とわたくしは考えますわ」
そこまで一息に言い切ってから、ミーアはテーブルの上に目をやる。美味しそうなスープが目の前に置かれているが、とりあえず、この話題を済ませておこう、と……一口、二口、三口、で我慢する。ホロホロと口の中で解けるお肉が、実に美味であった。
これはチキンかしら? それとも、ウサギ肉かなにか……?
などと首を傾げつつも、ゴクリ、と飲み込み、それから、続ける。
「そのためのサンクランド温室であり、寒さに強い小麦であり、食用海産物の養殖である、と、わたくしは思いますわ。飢饉のための備えは、各国で競い合うものではなく、共有し、共に栄光を分かち合うべきものですから、今後もパライナ祭のような機会に情報交換をしたいものですわ」
そうして、ミーアはチラリとランプロン伯を窺う。どうやら、言葉選びは間違っていなかったようで、ランプロン伯はいたく感銘を受けた様子で頷いていた。
「なるほど。それは確かにエイブラム陛下も反対はなさらないでしょう。むしろ、積極的に賛同なさるでしょうし、場合によっては義務付けることもなさるかもしれませんな」
「そうですわね。まぁ、自領に池を作り、そこで緊急用食料として魚を飼うぐらいのことは各領地で義務として、やっても良いのかもしれませんわ」
そのようなことにお金を使っておけば、黄金像とかに金を使うような余裕はないだろうし、と考え、うむうむ、っと頷くミーアである。
それはさておき……。
ミーアは同行しているティオーナとシオンに目を向けた。
――さて、ここからが本題ですわ。
一つ頷いてから、ミーアは改めてランプロン伯の顔を見た。
「ところで、お聞きしましたわよ、ランプロン伯。素敵なご趣味がございますのね?」
チロリ、と唇を舌で湿らせる。その顔は、まるで獲物を狙う狩人のようで……。
そうして、ミーアは続ける。
「ご趣味は、狩猟とか……?」
活動報告更新しましたが、来週はお休みとさせていただきます。
旅行に行ってきます。