第八十二話 準備万端、晩餐会
さて、喧々諤々の議論をしていると、すぐに晩餐会の時間になった。
お迎えの人が来る前に、ミーアはササッとドレスに着替える。
正式なパーティーなどではないが、それでも国王陛下の前に出るのだ。それなりのオシャレは必要だろう。ミーアはTPOをわきまえた姫殿下なのである。
ちなみに、言うまでもなくコルセットなどの余計なものは付けない。用意されたお料理が食べられなくなるキケンなど冒すべきではない。ミーアはTPOを極めた姫殿下なのである!
晩餐会にお呼ばれされたのは、ミーアとティオーナ、さらに、シュトリナとベルも一緒だった。
さすがに、ミーアの従者団は、国王の食卓には招かれなかったものの、かなり良い待遇でもてなしてもらっているらしい。
場所は、以前、エメラルダと来た時と同じ謁見の間だった。
シャンデリアの柔らかな光が降り注ぐ部屋、長いテーブルの上にはすでに、絢爛豪華な料理が並んでいた。
「おお……」
思わず小さく感嘆の声を上げるミーア。
――寒い冬だから、シチューなどの体を温めるものが中心ですわね。パンが一つもないということは、焼き立てが運ばれてくる感じかしら? お、あの野菜がたっぷり入ったシチューもすごく豪華ですわ。じっくり煮込まれていそうですわ。
っと、一瞬……ほんの一瞬だけ料理に視線を送ってから、ミーアは改めて国王エイブラムに視線を移した。
「ご機嫌麗しゅう。エイブラム陛下、この度は突然のこと、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでしたわ。そのうえ、このような豪勢なおもてなしまで……」
「ははは、ミーア姫殿下であれば、いつでも歓迎だ。それに、ティオーナ嬢とイエロームーン公爵令嬢は、他ならぬ私の命の恩人。もてなさぬわけにはいかない」
上機嫌に笑ってから、エイブラム王は言った。
「本日は、お招きに応えていただき、感謝する。ミーア姫殿下」
「いえ、こちらこそ。こうしてまた晩餐会にお招きいただき、光栄ですわ」
スカートをちょこんと持ち上げ、ミーアは深々と頭を下げる。
ミーアに続いて、シュトリナ、ティオーナ、ベルが次々に挨拶する。
「我が子シオンがいつも世話になっている。今宵は私的な晩餐会ゆえ、どうか、肩の力を抜き楽しんでいただきたい」
堂々たる口調で言ってから、エイブラム王はミーアたちをテーブルへと誘った。
国王が席の中央に、その左右にシオンと王妃が並ぶ。その対面はミーアを中心にシュトリナ、ティオーナが左右に。ベルはシュトリナの隣だ。
正式な会食ではないため、席次は会話のしやすさを考慮してのもののようだった。
席に着き、料理に目をやったミーアは、思わず吐息を漏らす。
――素晴らしい、実に絢爛豪華。見ているだけで舌が踊り出しますわ!
などと思っていると、料理人の手によって小さな鍋が運ばれてきた。
見る間に、テーブルの上に置かれる鍋。その下に太めのロウソクが置かれ、火が灯される。
「これは……?」
目を丸くしていると、見る間に鍋の中身がぐつぐつと煮立ってくる。漂う香りにミーアは眉をひそめた。
「この乳白色のものは、チーズ……かしら? そして中に入っているのは……むっ! キノコ」
丸みを帯びた白いキノコが、ぐつぐつとチーズの中で踊っていた。まるでミーアを魅惑するかのように、ゆらり、ゆらり、と踊るキノコ。漂う実に美味そうな香りに、ミーアは心の中で舌なめずりをする!
「このキノコは……」
「サンクランド名物の都栗茸です。茹でたものをお持ちしていますが、生で食べられるキノコとしても有名です」
ミーアのかたわらで、白い服に身を包んだ料理人が説明してくれる。
「おお! 生で。ということは、もしや、森の中で採りたてを食べることもできるということかしら?」
ミーアの問いかけに、料理人はちょっぴり困った顔をして……。
「できなくはないと思いますが……あまりお勧めはできません。危険な毒キノコなどもございますし」
その言葉に、ミーアは無論、とばかりに深々と頷く。
「ええ、“素人が”そのようなことをするのは危険ですわね、確かに。ちなみに、都の栗ということは、王都のそばで採れるのかしら?」
尋ねられた料理人は“素人が”と限定するのが、若干、気にならなくもなかったようだが……そんな表情も一瞬のこと、すぐにニコやかな笑みを浮かべて、
「はい。近郊の森が一番の産地でして……」
「ほほう! 生で食べられるキノコが近くの森で……これは素晴らしいですわね! ところで、これはもう食べ頃かしら?」
上機嫌に微笑んでから、ミーアは、料理人に確認。すっかり食べごろになったキノコにフォークを突き刺す。にょーんっと伸びるチーズが落ちないように気を付けつつ、そのまま口の中にパクリ。
一口大の、丸みを帯びたキノコは熱々で、ほくほくだった。
「はふ、ほふ……おお、これは素晴らしいですわ」
口の中でキノコを転がすと、熱々の香りが鼻を抜ける。香り立つチーズの香ばしさ、独特な酸味、仄かな塩気とコクのあるキノコの味。
ほふほふ、っと熱気を吐きつつ、しゃく、しゃく、っとキノコの心地よい歯応えを楽しむ。
「ああ、これは体が温まりますわ! 今のように寒い季節には良いお料理ですわね」
「お楽しみいただけたなら、なによりだ」
エイブラム王はしばし、ミーアが食べるのを眺めてから、
「そういえば、ミーア姫殿下、先日の誕生祭ではオリエンス女大公が世話になったな」
「お世話などと。わざわざわたくしの誕生日を祝うために、遠くサンクランドよりお越しいただき、恐悦至極にございますわ。サンクランドの国境を守り続けて来られた重鎮と知己を得ることができたのは、とても幸運なことでしたわ」
ニコニコと上機嫌な笑みを返しつつ、
――あら、そちらからなんですのね……。
ミーアは、ちょっぴり意表を突かれる。ミーア的にはそちらは本題。世界会議の件が前座であったのだが……しかし、考えてみれば、それも当たり前のこと。
エイブラム王としては、世界会議のほうが本題なのだろう。
「そうか。良き出会いであったならなによりだ。彼女には、ぜひともミーア姫殿下と対話をしてもらいたいと思っていたのだ。エシャールのこともあるし……」
「あら、そうなのですのね。そのあたりについては、特にお話は出ませんでしたけど……」
小さく首を傾げつつも、ミーアはさらに、たっぷりチーズをからめたキノコをパクリ。
――こんなに美味しいものが森で採れるうえ、生で食べられるだなんて……素晴らしいですわね!
感心しきりのミーアであった。